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「浜南さん。」

「はい?」

定時制の高校での休み時間…
別に席が決まってるわけじゃ無いのに
何かと隣になるあたしより少し年上の東海林さんに呼ばれた。
しかもヒソヒソな声…?

「気をつけた方がいいわよ…」
「え?何が?」
「彼よ!彼!!」
「彼?」
「大多喜君!あの人今月で此処辞めるって知ってる?」
「え?ああ…知ってる。」
同時に告白されたし。
「あたしこの前他の人と彼が話してるの聞いちゃったんだけど…
あの子此処辞める前に浜南さんの事モノにするって言ってたわよ!」
「はあ?何よそれ…全く何勝手な事言ってるんだか…」
振られた腹いせか?
「前から浜南さんの事狙ってたらしいから…気を付けた方がいいわよ。
あんな感じの奴だもん…何してくるか分からないから。」

「…ありがとう…気を付ける。」


今までもそんなのに付き纏われた事はあるけど…
相手にいなかったり隆生に来てもらったりと何とか上手くこなしてるから
今度もどうにかなるとあたしは思ってた。


「え?言い寄られて困ってるんですか?」

2人で朝食を取りながら僕は驚きの声を上げた。

「別に言い寄られてるとか…何かされたとかじゃ無いから。
それに何度かそう言う事あったし…大丈夫イザとなったらあたしも大人しくしてないし。」
「何言ってるんですかっ!!相手は男なんですよ!力尽くで来られたらどうするつもりです!!」
「…珱尓さん心配し過ぎ…テレビの見過ぎじゃないの?早々そんな暴挙に出る奴なんて…」
「ダメですよ!」
「本当に平気だってば。」
「じゃあちょっとでも変な事や心配な事があったら直ぐに僕に言って下さいよ!」
「はいはい。」

ちょっとヤキモチと心配をさせようかと思って話した事がこんな大袈裟な事になるなんて…
珱尓さんが心配性だって忘れてた…


「え?ストーカー?」

江里さんが噛み終えたパスタを飲み込んで慌ててそう言った。

「いえ…そこまででは無いらしいんですけど。」

僕は一足先に食べ終えてお水を飲んだ後だ。
いつもの如くランチを江里さんと食べてる。
愛理さんが僕の所に下宿する様になってから
何だか一緒に食べる回数が増えた気がする…


「ふーん…可愛い子なんだぁ〜」
「何ですか?その顔は?」
「別にぃ…大変ねぇ自称保護者様は…」
「……からかわないで下さいよ。
今の所実害はないみたいですけど今の世の中分かりませんからね。」
「はいはい…女子高校生の親じゃ無いんだから…」
「なのでしばらく時間の許す限り彼女を迎えに行こうと思ってるんです。
迎えの人がいると思えば相手も早々変な事出来ませんし諦めるかも知れないじゃないですか。」
「ずっと続けるつもり?」
「様子を見て…ですけど何か?」
「ううん…いやねぇ…しっかりと恋人してるなぁ〜って思ってさ。」
「恋人じゃないですよ!彼女を預かってる責任としてですね…」
「はいはい…そう言う事にしておきましょう。心配な事にはかわりないんだから…」
「何だか奥歯にモノが挟まってる様な言い方ですね?はっきり言って下さいよ!」
「いいわよ。どうせ返って来る言葉はいつも同じなんだから。
気の済む様にしたらいいわ。
それが余計その子を夢中にさせちゃうんだから!」

「そんな事無いですよ!」

一緒に暮らしてる以上…しかも自分から申し出た責任で
愛理さんの事を心配する事は……余計な事なんだろうか……




「大多喜君?」

授業が終わって帰ろうと昇降口に向かうと彼が立ってた…
「今日で最後だったっけ?お疲れ様。」
そう言って横を通り抜けようとした…
「最後に握手くらいしてくれてもいいだろ?これでも自分に想いを寄せてた相手だぜ?」
「……………」
一瞬悩んだけど…あんまり邪険にしてもと思って最後だからと言う言葉に手を差し出した。
「あんがと。嬉しいよ…」
ちょっと強めに握られた…
「浜南も元気でな。」
「ありがと……あっ!」

一瞬の隙を突いて思いっきり腕を引っ張られてそのまま彼の胸の中に飛び込んだ。
「ちょっ…んっ!!」
羽交い絞めにされて口を手で塞がれた!
もがいたけど腕も掴まれてあんまり動けない。

「最後にいい思い出2人でつくろうぜ……」

相変わらずセリフがクサイっ!!!!
なんて思ってたら引きづられて廊下の端の準備室に連れ込まれた!
こいつ…下調べしてたの?

「ちょっと埃臭いけどよ…我慢な…」

「…うーーーーっっ!!!」
じょ…冗談じゃないって言うの!!
結構な力で口を掌で塞がれて口が開かない…
開いたらコイツの指思いっきり噛み付いてやるのにっ!!

「…!!!!」

乱暴に片手で胸を触り始めた…!!!
このっ……!!!!


「すみません…あの…浜南さんまだいますか?」

昇降口で靴を履き替えてる愛理さんよりちょっと年上の女の人に声を掛けた。
時間になっても愛理さんが正門の所に現れないから様子を見に来たと言う訳で…
何人かが帰って行ったからそろそろかと思って待ってたのに…
何度目かのお迎えで…確か今日であの話の彼は最後だって言ってたっけ…
だから余計気になってたんだけど…

「浜南さん?え?大分前に教室は出たけど?
ちょっと待って…あ…まだ靴があるから中にいるんじゃないかな。」
「あ…そうですか…何か用事でも済ませてるのかな?」
「えー?そんな用事なんてあるかな?ってあなたどなた?」
「え?あ…僕は…」


「痛ってぇぇぇーーーー!!」

そんなやり取りの中…叫び声がして廊下の端のドアが乱暴に開いた。

「 !? 」 「 !? 」

「自業自得よっ!!ざまあみろっ!!!」

そう啖呵を切って廊下に飛び出してきたのは…

「愛理さん!?」

「……珱尓さん!!!」

彼女が真っ直ぐ僕目掛けて走って来て…僕に飛びついた。
「…………」
息を切らして…ぎゅっと目を瞑ったまま僕にしがみ付く。
廊下の端に視線を戻すと片足を引きずりながら男の子が1人出て来た。

「愛理さん?」
「思いっきり踵であいつのつま先踏ん付けてやったの!
飛び上がって痛がってあたしの事離したから…」
「それで逃げられたんですか?」
「うん……」
「大多喜君…」
一緒にいた女の人がそう呟いた…彼が?
「あんた浜南さんに何しようとしたの?」
「うるせぇ…最後にちょっと2人で思い出作ろうとしただけだよ。」

「君……何開き直ってるんですか?これは犯罪ですよ!!警察に通報します!」

「!!!」

その場にいた僕以外がみんなビックリしてた。

「珱尓さんいいの…あたしは大丈夫だから…大袈裟にしないで…彼もふざけてただけだから…」
「何言ってるんですかこう言う事はちゃんと処罰されないと彼には分からないんですよ。
自分がどんな卑劣で酷い事をしようとしたのか十分理解して反省してもらわなくてはっ!」
「本当にもう良いんだってば…早く行って!!もう2度とあたしの前に現れないで!!
じゃなきゃ次は本当に警察に訴えるわよ!」
「愛理さん!!」
「……………」
彼が未だに片足を引きずりながら僕と愛理さんの横を通り過ぎた。
「本当にいいんですか?愛理さん?」
「うん…」

「あんた…最近浜南の事迎えに来てた奴だよな?」
通り過ぎた彼が僕達を振り返って僕に話し掛けてて来た。
「はい…」
「こいつがお前の好きな相手なのか?」
今度は愛理さんに…
「そうよ……」

ぎゅっと僕に抱きついたまま愛理さんが彼を睨んでそう答えた。
何だろう?僕が何か絡んでるのか?

「あんた…コイツの事どう思ってんの?付き合う気なんて無いんだろ?
そんな気があったらとっくの昔に付き合ってるよな?」

「あんたにはそんな事関係ないでしょ!!」

「浜南は相手にされてねーんだろ?
そんな相手にしてない女にこんな出しゃばりやがって…チッ!!」

「ちょっ…あんた……」
愛理さんがムッとして言い返そうとした時…

「僕は…」

何故だか勝手に口が動いた…
「?…珱尓さん?」
「?」

そこにいた皆が僕に注目する…

「僕は愛理さんの恋人です。ですからもう2度と僕の彼女に手を出さないで下さい。
今後何かあったら警察にも訴えますし法的手段を取らせて頂きます。
僕そうなったら若い貴方にも容赦しませんから。
ご自分の将来の事考えてもうこんな馬鹿な事はしないと約束して下さい。」

「…………」

その場が何故かシーンと静かになった。

「ったく…ホント大袈裟な野郎だぜ…約束するよ。俺もそこまでバカじゃねぇ…
それにクソ真面目なあんたに付き合ってらんねぇし…じゃあな!」

そう捨て台詞を言いながら…彼が昇降口から出て行った。