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片平さんに弥咲先生の事が好きかと聞かれて違うと言い切った。
だって本当の事を言ったらきっと片平さんから彼に話が行っちゃいそうで…
言えなかった。
それに…自分の気持ちに気付いたのがあの時の…

『 そいつの事…好きなの? 』

って彼に聞かれた時だったから…

昔から彼に…『 舷斗 』 に憧れてたのはわかってた…
そう…ずっと憧れだと思ってたから…だって…彼にとって私って…

でも私も結構鈍いんだなぁ…ってちょっと落ち込んだ…
だって本人に聞かれて気が付くなんて…

私…舷斗じゃなくて… 『 弥咲先生 』 の事が好きだったんだ…



「……はぁ〜」

何だか最近溜息ばっかり…
あれから何度と無く無意識に指先で唇に触れる事が多くなった…

「夢じゃ…なかったよね?」

あの時確かに彼は私に……キスをした…泣いてた私を慰めるために…

その後目が覚めた彼はまったくその事に触れなかったから…
もしかして憶えてないのかな…熱もあったし…寝ぼけてたし…
まあ私としてはその方が良かったけど…

だって…謝られでもしたら…きっとまた泣いてたと思うから…



「堀川さん!資料のコピー出来た?」

ボーっとしてたら急に後ろから声を掛けられてドキッとした。
振り向けば社員の平河さんだった…20代前半のちょっとキツイ感じがする女の人…
ナゼか私はこの人に何かと小言を言われる…なんでかしら?
まあアルバイトの身だから社員の人に指示されるのは仕方ないし…
とは思うんだけど…言い方に棘がある気がするのは私の気のせい??

「あ…すみません…後少しです。」
「その後まとめて人数分の資料にするのよ?間に合うの?」
「あ…はい大丈夫です。本当にあと少しですから…」
「じゃあちゃんと時間までに私の所に持って来てよ。」
「はい。わかりました…」

そう言って平河さんはスタスタとコピー室を足早に歩いて出て行く。

「ふう…いつもカリカリしてるわよね…カルシュウム足りないんじゃないかしら。」

なんてあやふやな知識でもっともらしい文句を呟いた。



それから30分後言われた通りに人数分の資料を作って平河さんの所に
持って行くと今度は会議室にちゃんと並べて置く様にって言われた。
だったら最初から言えばいいのに…そしたら直接会議室の方に持って行くのに…

なんせコピー室からの方が会議室に近いし…わざわざ編集部に寄ると結構な距離になる…
もしかして…ワザと??私イジメられてるのかしら???

「やだ…何か気分が落ち込む…」

そのせいかわからないけど朝からの体調の悪さに拍車がかかったのか頭痛が始まった。

「う〜もう今日は早く家に帰ろう…調子悪い…」


だるい身体を引きずって何とか資料を配り終わると荷持つを取りに
また編集部に戻らなきゃいけなくて…
「……キツイ……」
そんな情けない文句を呟いてた。

「あ!小夜子さん!!」

「…ん?」

聞き覚えのある声に顔を上げると編集部の応接セットのソファから
彼が手を上げてた。
私は部屋の入り口でそんな姿をぼーっと見つめてた。
調子が悪くて良かった…素面じゃきっと挙動不審になってたと思う。
だってあれからまだ数日しか経ってなかったし…いくら相手が憶えてなくても
私はまともに彼を見れたかどうか……

「どうしたんですか?珍しいですね?」

いつもの滅多に編集部なんかに来ないのに…どんな風の吹き回し?
あなたがそんな事するから私がこんな目に遭うんだわ…きっと…

なんて訳のわからない濡れ衣を彼に被せてた。

「エッセイの原稿届けに来たんだ。なんせこっちの都合で無駄足させちゃったからね。」
「へー…そんな気を使う事もあるんですね……」
「小夜子さん?」
「ではごゆっくり…私は時間なので今日はこれで帰りますから…お先に失礼します。」
流石に帰らせてもらいます…これでも1時間ほど時間外のお仕事させて頂いてたんで…
「ああ…お疲れさん!」
「それじゃあ弥咲先生お先に…」

ペコリと下げた頭を上げただけでもズキリと来た。

「………お疲れ様…」


「やだ…これって…」

頭を押さえながらとにかく家まで頑張ろうと気合を入れた。
家に帰ったらさっさと着替えて布団に潜る!
そう考えただけで布団の温もりを感じて危うく足が止まりそうになった。

「……小夜子さん!!」

「ん?」

呼び声に気が付くと同時に彼が私の横に…一緒に歩いてた。
「先生…?どうしたんですか?」
「何か小夜子さんの様子が変だったから…大丈夫?具合悪いんじゃないの?」
「………頭が痛くて…」
もう何も考えず素直に答えちゃった。
「え?大丈夫?歩けんの?」
「……ちょっと…辛いですけど…何とか…」
ホントは嘘…辛い所じゃない…
「何言ってんの?無理してんだろ?ちょっと待ってオレタクシー拾って来るから!」
「いえ…そんな…」
「だめ!待ってて!」

いつもならありがた迷惑な彼の行動も今日は何だか助かった…
彼に肩を支えられながらタクシーに乗って…いつの間にか少し眠ったらしい…
名前を呼ばれて目を開けたら自分のアパートの前だった。

「小夜子さん鍵?」
「…え?鍵?あ…はい…」
そう言ってなんの迷いも無く手渡した。

「オレ向こうに行ってるから着替えちゃいな。」
「……はぁ……」
ベッドの横でモタモタと着替えてる…あれ?私何か…忘れてる??
「小夜子さんクスリ無いの?鎮痛剤!」
「…あー…えっと…食器棚の上の白い箱の中に…」
あれ?何かこの会話…どっかで…
「わかった。」

「……う〜〜〜…」
頑張って着替えてベッドに潜り込んだ。
もう絶対動きたくない!!!

「大丈夫?小夜子さん…はいこれクスリ。ちゃんと飲んで…頭痛いの治まるから。」
「…はい…すみません…」
「オレもお世話になったから。」
そう言って優しく笑って…あ…オデコに手を当てられた。
「やっぱ熱があるよ小夜子さん!!もう何でこんなになるまで無理するんだよ。」
「…朝はそんな事なかったんですけど…夕方から急に…」
「もう…その前から何か身体がおかしかったはずだよ…まったく!」
「はぁ……ごめんなさい…!!!…ってこれって先生の風邪じゃないんですか?
日にち的にもピッタリの様な気がしますけど……?」
具合が悪くてもそこに気が付いた。
「え?やだな…オレのせい?」
「多分…」

だって…うつってもおかしく無い事…したじゃないですか……って心の中で呟いた。

「おかしいな…オレの風邪って人選ぶのに…?」
「…どう言う意味ですか?」
「え?いや別に…」

また一言多いんだから…病人に向かって…少しは考えなさいって言うの…

「………もういいです!ありがとうございました。もう大丈夫ですから…」
「え?なに?帰れって??」
「はい…これ以上はご迷惑掛けられませんから…それにまた私の風邪うつったらイヤですし…」
「こんな小夜子さん残して帰れる訳無いだろ?今度はオレが看病してあげるよ。」
「えっっ!?い…いいです!!そんな…」
「遠慮しない。看病って言ってもたいした事出来ないけどさ。汗くらい拭いてあげるよ。」
「けけけけ…結構です!!本当にそれだと私がゆっくり休めません…」
「え?なんで?」
「何でって……それは…」
「それは?」
「せ…先生が男の人だからです!いくら先生でも私安心して眠れません。」
「気にしなくていいのに…」
「気にします!だから…」
「手は出しません!」
「え?」
彼が片手を上げて宣言した。
「友達に手は出しません。…これでいい?」
「……………」
「いい?」
「…じゃあ…ちょっとだけなら…」
「わかった。じゃあ少し眠った方がいいよ。今氷枕作ってあげる。
ちょっと買い物してくるから何か欲しい物ある?」
フルフル…と首を振った。
「そう?じゃあちょっと行って来る。」
「…はい…」

バタンと…玄関のドアが閉まる音がした…

ああ…やだ…熱のせいなのか…情緒不安定…
たかが 『友達』 と言う言葉に急に瞳が潤んで…

涙がポロポロと頬を伝って落ちた……