02






 「あいつヘラヘラしやがってなんかムカッとくんだよな…」

 教室の窓際の席で廊下で女子と楽しげに話す椎凪を見ながら
 クラスメイトの山口が悪態をついた。
 どうやら常に女子に構われている椎凪が気に入らない様子…
 男の嫉妬なのか?
 「胸糞ワリィ…俺様がシメてやるか…」
 多少腕に自信があるのか隣にいる滝田にそう言うとニヤリと笑った。
 「でもよ…入学早々3年締めたって噂だぜ…
 だから誰も椎凪には手を出さねーんだって…」
 どこから仕入れてきたのかそんな事を言い出した。
 「そんなの噂だろ?あんなヘラヘラしてる奴が強いわけねーって!裏で媚でも売ってんだろ?
 大丈夫だって。まぁ見てろよ。」
 自信満々の顔で廊下で雑談に笑う椎凪を 睨み付けた。

  ……放課後の屋上…

 決意通りに実行しようと意気揚々と山口は椎凪が来るのを待ち構えていた。
 当の本人はと言うと…

 「こんな所に呼び出して何か用?」
 と面倒くさそうに言った。
 だって本当に面倒くさかったから…バイト遅れちゃうんだけど…

 「何か用じゃねーっ! 用事なんて1つしかねーだろっ!!」
 余りにも惚けたオレの声に逆上してる。
 「テメェ見てっとムカムカすんだよっ!ヘラヘラ笑いやがって…
 そんなに女に愛想 振り撒いて構って欲しいのか!ああ?」
 怒鳴りながらオレの胸倉を掴んで引き寄せた…
 その途端引き寄せた山口の動きが止まった。
 オレが『オレ』で見つめたから… 瞳に殺気が篭ってるはず…
 真っ直ぐ山口を見据えてやる…
 その視線に睨まれて山口は動けなくなっていた…
 「言っとくけどな『ヘラヘラ』してんじゃねーよ。 オレは『ニコニコ』してんだよ…」
 チャント説明してあげた。
 ヘラヘラはホントしてないし…それにヘラヘラって何かヤダ!

 「誰も好きでニコニコしてんじゃねーんだよっ!
 何ならテメェの前じゃ笑うの止めてやろうか?」

 オレよりも背の低い山口をバカにした視線で見下ろしてやる。
 「くっ…」
 更に殺気を上乗せしといたから余計動けないらしい。
 「やるって言うなら相手になるぞ。そうしないと納得出来ないって顔してるしな。」
 これでも助け舟を出したつもり。
 だってこのままでも困るし取り合えず彼の目的はそれなんだから
  例えやられたとしても面目は立つだろう…
 「上等だぁ!!やってやるっ!!」
 「遅い。」
 大きく右腕を振るう彼にそう言った。
 オレは右足で廻し蹴りを奴の 顔面に叩き込んだ。
 「ぐはっ!」
 蹴られた勢いで倒れそうになる奴の服を掴んで引き戻し様顎に膝を入れた。
 そのまま今度は肘鉄をまた顔面に叩き込んで やる。
 「ぎゃっ!」
 そう唸って奴はコンクリートの床の上に倒れた。
 「……げほっ…ごほっ…」
 「まだやんの?オレつまんないんだけど?」
 静かな声で言ったオレは怒鳴ったりなんかしない…こう見えても優しいんだ。
 「わっ…わかった…悪かった…よ…もう…勘弁…してくれ…げほ…」
 やっとの思いで喋ってる らしい…うわ…顔中血だらけだ…痛そう。

 「そ?じゃあオレの事もう構わないでね。オレしつこいの大嫌いだからさ。
 それにオレ平和かつ平凡に高校生活送りたいんだから よろしく。じゃあね!」

 オレはにっこり微笑んでサヨナラを言った。良かったバイト間に合いそうだ。


 高校3年間もあっという間に過ぎた…オレとしては結構楽しく過ごせたと思ってる。
 その頃の話はまた別の機会に話す事にして…希望通り刑事にもなった。


 「 慶彦いくつだっけ?」

 輪子さんがベッドで裸のまま膝を抱えてオレに聞いた。
 「22だよ。」
 オレはホテルの出窓に寄りかかってタバコを吸いながら答えた。
 輪子さんがジッとオレを見る…
 「なに?輪子さん。」
 「随分上手くなったなぁと思ってさ…7年も経てば上手くなるわけか…」
 「まぁね…」
 オレは軽く笑って答えた。

 輪子さん…オレの初めての相手…同じ施設で育った5つ年上の人…
 付き合う手前までいったけど結局ダメだった…
 でもその後もお互い気軽なのと後腐れない相手って事で身体だけの関係は続いてる…

 「でも今日の輪子さんいつもより激しかったね。」
 オレはタバコの灰を 灰皿に落としながら聞いた。
 「彼氏に浮気されたんだよね!頭きたからさっ!!」
 ムッとして輪子さんが言う。
 「はぁ?これは浮気じゃないの?」
 オレは呆れて聞き返した。
 「慶彦は安定剤。あんたとしないと怒りが収まんないのっ!!」
 「えー…オレ薬?」
 「あんたさぁ…」
 輪子さんが裸のままベッドから降りて来てオレの目の前に立った。

 「顔もいいし背も高いし『H』も上手なのに…性格がダメなんだよねぇ…
 残念だよね… あたしもそこがダメだった。」

 そう言って人差し指をオレの胸元にグリグリと押し付ける。

 「…ぐっ…オ…オレ普通だよ…そりゃあ猫被ってるけどさ…」
 負けずに言った。
 「違う違う!そこじゃない!あんたさ人を好きになると重ーーい好きオーラ出んのよ。
 ホント重いのよ…それに時々ウザイ?」
 ウザイって…酷いじゃん…結構傷ついたぞ!
 「……輪子さんにフラれてから…誰にも出してないよ…」
 イジケてやるっ!!
 「あらっ?トラウマになちゃった?ごめんねー…はは…」
 「今は浅く広くなんだ…」
 「遊んでんでしょ?今に変なのに引っかかるわよ。」
 輪子さんが面白そうにオレに言う。
 「そんなドジしない!」
 「ふふっ…そうよねぇ… あんたそーゆートコ頭いいもんねぇ…あんたのそう言う所…好き。」
 そう言ってオレの首に腕を廻してオレを抱き寄せてキスをした…
 「…んっ…」
 …ちゅ…舌が絡み合う…オレも輪子さんを抱き寄せた…
 「あんたのキスも好き…もう一回しよっ。慶彦。」
 「いいよ…」

 オレは輪子さんをベッドに連れ戻して…輪子さんが望むように抱いてあげた…
 どんどん輪子さんの息が荒くなっていく…

 「あっ…あっ…あああっっっーー!!」

 ━… ガ リ ッ !!

 輪子さんが思いっきりオレの背中に爪を立てて引っ掻いたっ!!

 「…痛…ってぇーーーー!!」
 「………」
 あまりの痛さに動きが止まる…
 「…ハァ…ハァ…ごめん…だって…あんた…激しいから…ハァ…」

 これって…絶対…血が出てるよ…


……3年後…

 オレは一人街をふらついていると携帯が鳴った。
 「はい?…了解。」
 携帯をズボンのポケットに仕舞って「お仕事。お仕事。」と呟いた。

 夜の街に一際目立つ高級ホテル。
 その大広間で事件が起こってるらしい…
 広い廊下を抜けると吹き抜けの天井に高そうなシャンデリアが光り輝く…


 「近づくなっ!近づいたらこの女殺すぞっ!!」

 一人の20代の男がパーティードレスを着た女の子を人質にナイフを握りしめてる。
 開放された一つの扉を入ると顔馴染みの刑事を見つけて近寄った。
 「どうしたんですか?」
 「おお。椎凪!この前代議士の横田の秘書が自殺したの憶えてるか?」
 「ああ…確か大手の企業から裏金貰ってたとか…そんなんでしたっけ?」
 オレはその手の事件は興味無いからうる覚えだ…
 「…まあ簡単に言えば…な…」
 呆れた顔された…
 「で…事件の鍵をお握ってた秘書が死んだろ?」
 「ああ…自殺かもってやつでしょ?黒幕だったんじゃないかって話ですよね?」
 「その息子が父親は無実だ! 自殺じゃないって人質取ってる訳だ。」
 「は?何ですか?それ?何でこんなトコで?」
 どう見ても何か若い子対象のパーティー会場だろ?
  政治家が出席する様なパーティーじゃない。
 「あそこ見てみろ。」
 言われた方向を見ると一人の60代の男が難しい顔で立っている。
 「あそこに問題の横田代議士がいるんだよ。 このパーティーに娘と参加してたらしいんだ。
 そこにあの男が飛び込んで来て娘を人質に取ろうとした所をあの今人質に取られてる子が
 かばったらしい…」
 可愛い感じの普通の女の子みたいなのに…
 「勇敢な子ですね…」 
 ホントにそう思った。

 「横田っ!本当の事ここで全部話せっ!じゃないとこの女がどうなっても知らねーぞっ!
 親父は無実だっ!!全部お前が仕組んだに決まってるっ!」

 じらされてイラついた男が叫んだ。
 「お父様…」
 横田と言う男に若い女の子がしがみ付いて涙を浮かべながら訴えている…
 あの子が横田の娘か…
 自分のせいで見ず知らずの女の子が人質になってんだもんなぁ…
 そりゃ必死だよな…
 「お父様?」
 呼んでも返事をしない父親を不思議そうに見つめながら何度も父親を呼ぶ。
 「……うむ…」
 本当の事なんて言うわけないよな…こんな公衆の面前で…しかも人質は赤の他人…
 あーあ…こりゃ長引くな…
 オレはこれから先にかかる時間を想像して気分が重くなった…

 その時…オレの横をスッっと…通り過ぎる男がいた…

 「え?」
 肩まで伸びた髪に…スーツを着た…このパーティーの出席者か?

 「おいっ!君っ!!」  「待ちたまえっ!!」

 周りの静止も聞かずどんどん犯人に近づいて行く…
 「な…何だお前…!ちっ…近づくなっ!!」
 いきなりの事で慌てている男に 向かって彼は静かに右手の人差し指を向けた…

 「そいつにかすり傷ひとつ付けて見ろ…テメェ…殺す!」

 何言ってんだコイツ…でも男を睨みつけた 瞳には殺気がみなぎっている…本気らしい…

 「その前に…そいつに触れてるから殺すっ!!」

 後ろから見ていたオレの目に入ったのはタンカを切った 彼の下ろしている左手に
 いつの間にか細いナイフが握られている…
 どうやら袖口に潜ませていたらしい…素早い動きでそのナイフを犯人の男に投げつけた。
 「 ! 」
 そのナイフが犯人のナイフを握っている手の甲に深々と突き刺さる。
 そのチャンスを逃がさず人質の女の子が犯人の男の鳩尾に肘鉄を入れた。

 … ド コ ッ !!

 「 くっ…! 」
 犯人の男が手を押さえながらよろめいた…
 そこに…あのナイフを投げた彼の廻し蹴りが入った!
 男は思いっきり後ろに飛んで倒れこみ部屋の 飾りのカーテンが剥がれ落ちる…
 開放された女の子が小走りで彼に近づいた。

 「怪我ないか?」
 「はい。」 
 元気に女の子が答えた。
 いきなり彼が 女の子の腰に手を廻して引き寄せる。
 「…ったく!」
 「あっ…!んっ…」

 ……はぁ?……

 辺りが静まり返る…こいつら…こんだけの人数が… しかも殆んど警察官が居る中で…
 堂々とキスし始めた?…しかも思いっきり濃厚な…ディープ・キス…

 「…だめ…ちょ…祐輔…さ…ん…あっ…」
 女の子 の抵抗も全く意味が無い…簡単に静止されてまた舌を絡まされてる。
 長いキスが終わると彼は女の子を真っ直ぐ見つめて…

 「余計な事すんな!寿命が縮む。」
 「ご…ごめんなさい…」
 真っ赤な顔で謝ってる…そりゃそうだよな…
 「行くぞ。」
 「はい。」

 何だか2人の世界ですか?

 オレの横を 通り過ぎる時彼に物凄い目つきで睨まれた…
 何でだ?オレ何かしたか?
 周りでは何人かの刑事が犯人を取り押さえている…
 まあ…あれじゃ抵抗も出来ないだろうし…
 何気に入り口付近が騒がしい…振り向くと…
 「 え?… 」
 たった今オレの横を通り過ぎて行った彼が横田の顔面に一発入れた所だった。
 「きゃあー」
 「ゆ…祐輔さん…」
 …おいおい…マジかよ…
 「な…何をするんだ!君!私を誰だと思ってるんだねっ!!」
  殴られた代議士が頬を押さえながら喚いた。

 「知るかっ!くそジジィ!
 だけどなっテメーのせいで和海が危険な目に遭ったのだけは事実だ!
 この落とし前つけて もらうっ!!」

 「祐輔さん…!」

 女の子が必死で彼を止めてる…

 「おいっ!いい加減にやめとけよっ!」

 オレは急いで彼に近づくと腕を掴んで 横田から引き離した。
 「オレに触んなっ!!」
 あからさまにムッとした彼はそう言うとオレに殴り掛かった。
 一瞬…受けてしまう所だったけど…ナゼか まずい気がして止めた。

 ガ ッ !! 

 そのお陰で思いっきり左の頬に彼のパンチを喰らった。
 「いっ…てぇーー…」
 オレは頬を押さえ ながらうずくまる…マジ痛てぇ…くそっ…
 「祐輔さんやめてっ…」
 「…………」
 彼が不審そうな目をオレに向けていた…なんだ?バレた?うそだろ?

 「ちょっと!何してんの?祐輔!」
 「慎二さん!!」
 今度は礼儀正しそうな真面目っぽい男が入って来た…

 「もー和海ちゃんだって泣いちゃてるじゃ ないか!!いい加減にしなよっ!!
 警察の人だって困ってるだろ?すいませんでした…大丈夫ですか?
 祐輔…和海ちゃんの事となると歯止め効かなくて…」

 ホントに心配そうにオレに声を掛けて来た…
 「あ…大丈夫…」
 彼はこの真面目そうな青年に言われると渋々と広間から出て行った。

 「まったくけしからん。 この私に手を出すとは…ただでは済まさん。」

 横田がここぞとばかりに口を開いた。
 「横田さん!」
 今まで静かだった青年は人が変わった様に目つきが キツくなっていた。
 「もういい加減見苦しいんですよね…あなたのせいで今日のパーティーメチャクチャですよ…
 僕…とても気分が悪いです。だからあなたを 許さない…あなたも覚悟しておいて下さいね…」
 横田を睨みつけて続ける…
 「祐輔の事何かするつもりなら受けて立ちますよ。僕が!」
 青年の… 何かが変わっていく…オレはそんな彼を黙って見つめてしまった…
 「でも…そんなバカな事しないですよね…?横田さん。」
 そう言って口元だけで笑う…
 「くっ…し…失礼するよ!」
 横田は一言だけ声を漏らすとそう 言って足早に帰って行った。

 「お気をつけて…くすくす…」
 彼が小さく笑う…それが意味ありげで…嫌な感じがした…

 「どいて。どいて。」
 犯人の男が両脇を支えられて連行されて行くのをオレは後ろから見ていた…
 彼に殴られた頬が痛む…なーんかオレだけ殴られ損って感じ?
 オレはタバコが 吸いたくて歩き出すと何枚もの大きな一枚硝子で覆われた廊下に出た。
 外の景色が硝子なんか無いみたいに綺麗に見える…

 そこに…いたんだ…

 髪は…短くて…サラサラなびいてる…背は…オレより大分低い…
 上下黒の服を着て…窓硝子に…手を添えて…外を眺めていた…

 …その子を見た時…オレは…自分の時間が止まった様に思えた…

    ど き ん !  

 ん?今…胸の奥が…?なんだった?思わず自分の胸を押さえた…

     …トクン    …トクン    呼吸が…止まる…

 彼女が…オレの方を向こうとした時…
 「おい!行くぞ。」
 「あ!うん…」
 廊下の端で彼女を呼ぶ声がして彼女はそっちに走って行った…

 ほんの…一瞬の出来事…何だったんだ…今の…?



 オレは今自分に起きた事を不思議に思いながら…
 離れて行く彼女の後ろ姿をいつまでも見つめてた…