21
「まったく…たまにしか帰って来ねぇんだから…」
「電話はたまに入れてるでしょ？
忙しかったの…ごめんってさっきから謝ってるじゃない。」
久々に実家に戻ってお父さんと２人私の為の夕飯のおかずを
駅前の商店街に買いに来ている。
お父さんはお酒とおつまみだけど…
早々帰る事が無いから帰るとまずお小言から始まる。
「あんちゃんとはマメに会ってるみたいじゃねーか。」
「だって仕事だもん…当たり前でしょ…あ…彼に変な事話さないでよ…恥ずかしいから…」
「なんで？変な事なんて話してねーぞ？お前の子供の頃の話じゃねーか。
あんちゃんも愉しそうに聞いてるんだぞ。」
「だからそう言うの止めてって言ってるの！！」
知らないうちに私の過去が彼に知られていくなんて…
彼の口から私の小学生の頃の話が飛び出した時は驚いた。
昔から飲み友達の２人は未だに時々一緒に飲んでるらしい。
何故かうちの親は彼の事を気に入ってて…家に飲みに来たりもした…
「まぁ…あんちゃんがいるからお前の事もそう心配してねーけどな。」
「変な期待彼にするから…彼が調子に乗るのよ！もう…」
思いっきり『親代わり』発揮してるし…
「お！」
「ん？」
「ママだ…」
「ママ？」
「おう…あんちゃんと良く飲みに行くお店のママさんだよ。これから仕事かな？」
何軒か先の店の前を歩く和服姿の女の人を見てお父さんが教えてくれた…あの人が……
遠目でもわかる…和服がとっても似合ってて…綺麗な人…先生と同い年くらいかしら…？
と言う事は…あの人が先生の……片思いの相手…って事……？
「確か彼と親しいんでしょ？」
「おう！ありゃデキてるね…うんうん。」
お父さんが腕を組んで納得した様に頷いた。
「店が閉まっても残ってて２人でいるし…
店の女の子の話じゃ時々泊まったりもしてるみたいだしな。
付き合いも長いらしい…」
「……！！！…へぇ……」
やっぱり…そうなんだ…
「美男美女だしあんちゃんならママの事任せても俺りゃぁ構わねぇ…」
またしみじみと納得しちゃってる…
「随分信頼しちゃってるのね……」
私は…不思議な気持ちで前を歩く和服美人を目で追ってた…
確かに…美男美女でお似合いだもの……
遠ざかる和服美人の隣に……笑って一緒に歩いてる…彼が見えた様な気がした……
「そっか…大学生の頃からバイトしてたんだもんね…じゃあ作家の先生なんかも親しいの？」
金曜の夜…出版社から１０分ほど歩いた駅よりのカフェバーで
小夜子さんは約束してた同期の諸星と食事を終えて飲みに来ていると言うわけで…
カウンター席に２人並んで座ってる。
「そんな事無いですけど…学生の頃は原稿取りに伺ってただけだったし…
多少雑談なんかはしましたけど…ちゃんと担当の方もいましたから…
私はお手伝いくらいで…後は雑用とかでしたから……」
そう言えばいつの間にか社員の平河さんが部署変わってた…なんて記憶が蘇った。
季節外れの異動だな…なんて思ったのを憶えてる…
「でも…話聞いてると堀川さんって真面目だよね。」
「え？…そうですか？……そうかもしれませんね…
私何も取り得ないですから…真面目くらいしかなくて…」
お酒を飲むお店なのに小夜子さんはあまりお酒が飲めない…
なので頼んだお酒を舐める様に飲んでる…それでもあっという間に頬が火照ってる。
「もしかしてあんまり飲めなかった？」
グラス半分以上飲み終えた諸星が笑って話し掛ける。
「あ…はあ…でも…仕事の事で相談があるって伺ってたから…」
「わあ…ありがとう。そんなに気にしてくれてたなんて…嬉しいな。」
「え？…はあ…いえ…そんな…」
何気に２人の距離が縮んでる事に小夜子さんが気が付いているかどうか…
小夜子が『舷斗』と仲が良い事は調べてあった。
編集者と言う立場から作家優先と言う事も承知している。
だから彼のサインが欲しいからとストレートに頼んでも敬遠されるかもしれないと
遠まわしに頼むつもりだった…
こう言う男と恋愛に慣れて無さそうなタイプはちょっと優しくして気分の良くなる様な言葉でも
囁けばその位の事は聞いてくれると思っていた。
流石にベテランの担当者にはこの手は使えないと分かっていたので片平に頼む事は諦めた。
噂でそう言う事に便乗して作家のサインを手に入れるなど許さん！
と豪語していたと聞いていたから余計に無理だと思った。
しかも作家の『舷斗』自身もクセのある作家と聞いている…だから余計小夜子を当てにしていた。
本命の子も何よりも先に『サインはまだか？』と催促するのでそろそろ焦りも出始めた。
「仕事の事で相談があるって言うのは口実。」
「は？」
「そうでも言わないと堀川……小夜子さん俺に付き合ってくれなかっただろ？」
「 ！！！ 」
そう言って密着と言えるほど小夜子の方に身体を寄せて来た。
「……あ…あの…」
「 はい！プレゼント！！ 」
「 「 ！！！ 」 」
２人の目の前にワインレッドの包装紙にピンクのリボンの付いた正方形の包みが現れた！
「へ…？」
諸星がマヌケな声を出す。
「…せ…先生！？」
驚いたのは小夜子さんで思わず叫んでた。
なんせカウンターに手を付いて弥咲がにっこりと微笑んでいたから…
「これが欲しかったんだろ？」
「は？何だよあんた……」
いきなり現れた弥咲に諸星が慌てまくる…当然と言えば当然の事で……
「何だよ…サイン欲しかった相手の顔ぐらい調べとけよ。
ああ…そっかオレあんま顔出してなかったか？」
「先生？」
「…は？え？じゃあ…あんたが…？ぐふっ！！」
驚いてイスに中腰で立っていた諸星の鳩尾に弥咲の加減した突きが入った。
「体育会系ならこの位平気だろ？もう用は済んだんだから小夜子さんに近付くなよ。」
小夜子さんに背を向けてわからない様に彼の耳元に囁いた。
「小夜子さん帰るよ。彼ちょっと酔っちゃったってさ。」
いいながら小夜子さんの腕を引っ張って立たせる。
「…え？！」
訳がわからないと言った風な小夜子さんをサッサと歩かせてあっという間に店を後にした。
「もう…一体どう言う事なんですか？何で先生が？？」
「小夜子さんの事が心配だったんだよ。言っただろ？男はオオカミだって！
オレが来なかったら小夜子さん彼に口説かれてたよ。」
「は？何ですかそれ？口説かれなんかしませんよ。」
「え？」
「だって彼は唯の会社の同僚で…相談があるって言うから来ただけですし…
そうじゃ無かったら付き合ったりしません。それに…彼私の好きなタイプじゃ無いんで…
全く眼中になんか無かったです。」
そこまで一気に喋った。
「……じゃあ…迫られても？」
「大声で叫んじゃいますね。さっきもちょっと近寄られただけで鳥肌が……」
「は？」
「もう…一体何をそんなに心配してたんですか？それにさっきのプレゼントって何ですか？」
「…え？…いや…あれは…」
「先生の…サインの色紙…ですか？」
「え？小夜子さん知って…？」
小さな声で…わからない様に隠してたつもりだったんだけどな…
「まあ…あの形とかで…それに結構頼まれるんですよね…色々な人に…」
「そうなの？」
「先生…ホント自覚無いですよね？まあ…逆にそれをハナに掛けてたら失望しちゃう所ですけど…」
「………小夜子さん…」
「片平さんにも言われてるんです。そう言うのを１度でも聞いちゃうと後々大変になるからって…」
「そうなんだ…」
「先生がそう言うの気にしないって言うなら別ですけど…先生天邪鬼だから…
欲しいって言う人にはあげなさそうですよね。」
「そこまで捻くれてはいないけどさ…まあそうかな…」
「だから…そんなに心配して下さらなくても大丈夫だったのに…」
そう言って顔を覗き込まれた…オレの方が赤くなる…
「…………そっか…そうか…小夜子さんももう一人前なんだね…
初めて会った時は高校生だったからつい…オレも親バカかな…」
「いつから先生が私の親になったんですか？
もう…先生のせいでお金払ってくるの忘れちゃったじゃないですか！！」
「やだな…小夜子さんってホント真面目…今日くらい彼に奢ってもらいなよ。
その位彼も承知の上だよ。」
「そうですか？…そんなもんなんですかね？私には良くわからないですけど…」
「そうだよ。ねえ小夜子さん。」
「はい？」
「これからオレと飲もうか？もしかして小夜子さんと初めてじゃない？お酒飲むなんて？」
「……！！そうですね。初めてかも…でも私あんまり飲めないので先生は物足りないかも…」
「大丈夫！小夜子さんとならきっと愉しいでしょ！！」
「そうだといいんですけど……」
「そう言えば小夜子さんってオレのサイン欲しいって言わないよね？６年間ずっと…」
「……え？ああ…そうですね…」
「なんで？欲しいって言ったくれたらもう何十枚だって書いてあげるのに…」
「そんなにいりませんよ！」
「例えだって！ホント真面目小夜子さん…」
「だって……」
「だって？」
「本人に会えてるんですもの…それだけで十分です。
先生は私がいつもどんな気持ちかわかってないんですよ…
どれだけ嬉しくて…ドキドキしてるかなんて……」
「小夜子さん…」
「………あ…やだ…私何言ってるんだろう…
酔ってるせいですね…ホント…気にしないで下さい…」
そう言って自分の頬を両手でペチペチと叩いてる小夜子さんが可愛かった。
「あ…そしたらウチで飲む？その方が気が楽かな？」
「いいですけど…酔ってるのを良い事に変な事しないで下さいよ。」
「しないって！もう小夜子さんは…じゃあ行こうか。」
「…………」
「？…どうしたの？」
「いえ……さっき…」
「さっき？」
「諸星さんにも『小夜子さん』って呼ばれたんですけど…」
「え？！」
あんにゃろう…馴れ馴れしいな。
「何だか…すごく嫌な気分になって…
なのに弥咲先生に呼ばれても別に平気なんですよね…」
「昔からだからじゃないの？もう６年間だよ？」
「……違うんです…最初から…初めてそう呼ばれた時からです…」
「小夜子さん……」
「ま…そんな大した事じゃ無いんですけどね…すみません。」
「大した事あるだろ？……そっか…そうか…」
「何ニヤニヤしてるんですか？」
「…いや…嬉しいなぁ〜〜って」
「変な先生ですね？」
「はい！」
そう言って私の前に先生が腕を曲げて差し出した。
「え？」
「ウチにご招待だからエスコート！どうぞ。」
すごいニッコリだわ……
「ご招待って…もう何度もお邪魔してますけど？」
「いいからいいから ♪ ♪」
どうみても…腕を組まないと諦めない気がして…私が諦めた。
「仕方ないですね……じゃあ遠慮なく…」
そう言って手を伸ばした瞬間…
「智捺さん……？」
……え？
伸ばした手が…
彼の腕に届く前に…彼が私から離れて行った…
私の手は……彼に触れる事無く自分の胸の前に強く握られた…
「智捺さん…どうしたの？」
「あら…弥咲先生…」
そう言ってニッコリ笑ったのは…あの…和服美人の…ママさん…
駅に向かう歩道の街燈の鉄柱に掴まりながら辛そうに立ってる。
見るからに具合が悪そうだ…顔も青褪めてるし…
「ちょっとこの近くに用があったんですけど…」
「具合悪いの？」
「少し気分が悪くなっただけです…いつもの事ですから…大丈夫ですから…
先生もお連れの方がいらっしゃるじゃないですか…私の事は大丈夫ですから行って下さい。」
「大丈夫じゃないだろ？今は無理しない方がいいって言ったのに！」
……え？
「小夜子さんごめん…お酒また今度…オレ智捺さん送っていくから…」
「え？！…あ……はい…」
やだ…大丈夫かな…私…普通に…返事出来たかしら…？
「そんな…先生本当に私１人で大丈夫ですって…
タクシー拾って帰りますから…お気遣いなさらずに…お嬢さんに申し訳ないですから…」
「ダメだよ。小夜子さんなら大丈夫だから…
小夜子さんオレタクシー捕まえるから智捺さんの事ちょっと頼む。」
「あ…はい…」
「すみません…本当に大した事無いんですよ…もう…先生ったら…」
近くで見たら…遠目で見た時よりもはるかに綺麗な人だった…
美人ってこう言う人の事を言うんだろうな…でもやっぱり顔色が悪いし辛そうだ…
何だろう？何か持病でも持ってるのかしら…？
それからしばらくしてタクシーを捕まえた先生が戻って来て彼女をタクシーに乗せた。
「また次の機会まで楽しみに取っておくよ。」
そう言ってニッコリと笑う。
「はい…あの…先生…」
「ん？」
「あの方…何処かお身体悪いんですか？持病とか？病院に行った方が…」
「ん？ああ…病気じゃなくてさ………彼女妊娠してるんだ。」
「……え？」
一瞬頭の中が真っ白……
「つわりが始まってるらしくて…あんまり無理しない方が良いって言ったんだけど…」
「……………」
「じゃあまた…小夜子さん…」
「はい…また…」
手を振って先生がタクシーに乗り込んだ。
遠ざかるタクシーをしばらくボンヤリ眺めてた…
やだ…大丈夫かな…私…普通に…返事出来たかしら…？