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「いつまで見てんだよ。」
「え…」
久しぶりにオレの部屋に泊まりに来た和海が
さっきから左手の薬指にはめられた婚約指輪をずっと見つめてる。
「穴開くぞ。」
「だって…何年か先には結婚するんだなぁって…ふふ…」
そう言って嬉しそうに笑う…
「そうだな…」
「あ…」
オレは同意しながら 後ろから和海を抱きしめた。
「私…幸せです…」
「そうか…」
「はい…」

和海をオレの方に向かせてそっとお互いの唇を重ね…

ば ん っ !!

「 祐輔っっ!!! 」

「!!!」
勢い良くリビングの扉が開いて椎凪が駆け込んで来た。

「婚約したってなにっっ??? ズルイっ!!オレより先にっっ!!」

「…椎凪さん?」
和海がサッとオレから離れた。
「……し・い・なぁぁぁぁ……」
「あれ?深田さんいたの??」
「靴があっただろうがっっ!!周り見ろっバカ椎凪っ!!
合鍵使って入って来んなっ!!バシッ!!」
「…いてっ!!」

思い切り頭を叩かれた。


「いいなぁ…婚約かぁ…」
「お前だってしてるようなもんだろーが…」
ソファに座ってオレはクッションを抱え込んでイジケてる…
「してないよ…だって右京君に 許してもらってないもん…
絶対許してなんかくれないよ…オレに対する嫌がらせなんだから…」
「お前よっぽど信用されてねーんじゃねーの?
右京の事だから お前が生まれた時からの事念入りに調べたと思うぜ。
くっくっ…やっぱ普段からマトモな生活送ってないとこう言う目に遭うんだな?」
「…え?椎凪さん… どんな生活送られてたんですか?」
深田さんがオレの前にコーヒーを置きながら真面目な顔で聞いてきた。
「うっ…え??やだな…普通だよ普通!!」
言えないって…
「耀は?何してんだよ?部屋にいるのか?」
「…!!」
急に椎凪の奴がムッとした顔した…ふうん…
「右京君の所だよ!」
やっぱな…
「テメェも一緒に行きゃあいいだろうが…」
「ヤだよっ!!だって露骨に嫌な顔されるんだよ。
右京君は耀くんに会いたいんだ…オレはお邪魔虫なの。」
「なんかお前の将来見えた気がする。」
祐輔がウンザリした顔で言った。
「え?なに?どんな未来??やだっ!!何その哀れんだ目は??」
「別に…」
「祐輔ぇ!!!」
今にも泣き出しそうな顔すんなっ!!
「鬱陶しいっっ!!もうお前帰れっ!!オレ達の邪魔すんな!」
「あー!!自分が上手くいったから ってオレを邪険にするっ!!ヒドイ!祐輔っ!!」
「やかましいっ!!」
「そうですよ…祐輔さん。別に追い出さなくても…」
「ありがとう。深田さん! 良い奥さんになれるよっ!!これからもよろしくねっ!!」
そう言って深田さんの手を握ってブンブンと上下に振った。
「は…はぁ…」
「馴れ馴れしく触ん じゃねーっ!甘やかすな!和海!」
「でも…」
「あーもう!誰もオレを慰めてくれないっ!!耀くんに会いたいよぉぉぉ!!」
「だったら迎えに行けっ!」
「だからぁ……」

騒がしい夜はこれからも更けていく…


「はぁ…何だよ祐輔の裏切りものぉ…」
オレは次ぎの日になっても気分が晴れずブツブツと 文句を言う。
「あの祐輔でも言えたんだからオレだって…
しかしどんな顔して言ったんだ?見てみたかったな…」

オレはそんな事を思いつつフラフラと街を 歩いてた。
一応お仕事中だ。
オレって結構こう見えても真面目なんだから。

どん!

真正面で肩に思いっきりぶつかられた。
オレは避けたのに… このバカがぶつかって来た。
野郎4人の集団…真昼間からウザイったらありゃしない…
最近のムッとした気分で余計にムカッと来てた…けど…我慢我慢…
そんなこれくらいの事で…ふふ…

「あ!ワリィ」
謝られた時目が合った…
「…!お前…椎凪か?」
ぶつかった男がオレを見つめて言う…オレはこんな 奴知らない。
「椎凪?椎凪ってあの椎凪か?」
もう一人が言う…

『あの椎凪』 ?なんだそりゃ??

「そーだぜこいつ面影がある。こいつさぁ 中坊の時毎日俺らにボコにされてたんだぜ!」
一緒にいる他の奴らに自慢げに言い出した。
「…!?」
こいつ…中学の?
「高校は確かウチの中学じゃ誰も 行かねー所行ったんだよなぁ?
高校までイジメられたんじゃ人生最悪だもんなぁ…クックッ」
底意地の悪そうな顔で笑う。
「……………」
「何だよ? 相変わらずダンマリかよ?あの頃も黙って殴られてたよなぁ?お前〜
未だにあの頃の事話に出んだぜ。」

「君…本当にあの時の中の一人なの?」

「はぁ?何カッコつけてんだよ!君?ふざけてんのか?」
ヘラヘラとそいつは笑いながらオレを覗き込んだ。
「何?もしかしてビビってんの?昔の事思い出し ちゃった?…!!!」

ガ ッ !!

「が…はっ…」
「汚ねー面近付けんじゃねーよ!」
オレはソイツの胸倉を掴んで横の薄暗い脇道に押し込むと
壁に押し付けてそのまま肘で喉を押さえ付けてやった。
ギリギリと力を込めてやる。
「そっちはオレ一人覚えればいいだろうけどな…
オレはそうはいかなかった んだよ。まぁ覚える気も無かったけどな。」
いつの間にか『オレ』が出てた。
「ったく…人が中学の頃の事忘れてやってんのに何調子に乗って
ベラベラ喋って んだよ…嫌だったから忘れてたんじゃねーぞ。
思い出すと腹が立ってお前ら捜し出してブッ飛ばしに行きたくなる
からだよ。」
「…がっ…」
奴の顔が酸欠で 青ざめてきた…
「しかも人をイジメてた事自慢げに話しやがって…余計腹が立つ!!
あの時はなやられたフリしてやってたんだよ。
問題起こしたら施設の人に 迷惑かかるからさ…」

そう…それがオレがやり返さなかった理由…
誰にも必要とされて無いオレがそれ以上他人に迷惑は
かけられないと思ったから…

「それにあの頃お前らにやられた憂さ晴らしにオレは街の不良相手に
毎日喧嘩に明け暮れてたんだよ。お陰で強くなったぜ…
だからお前らの攻撃なんて喰らった フリするなんて簡単だった…くすっ…」
「カッ…クッ」
オレは気にもせず更に奴を締め上げていく。
「テメェ…離せ!!!」
仲間の一人がオレに向かって 手を伸ばす。

ガ ッ !!

「ギャッ!」
顔面に蹴りを入れて黙らせた。

「おとなしくしてろよ…殺すぞっ!!」

道路にうずくまる奴に 吐き捨てた。
ゆっくりと目の前の奴に視線を戻す。

「もうあの時みたいに迷惑かける心配もしなくていいからさぁ…
思いっきり相手してやるよ… 愉しいだろ?クスクス…」

オレは笑いが止まらなかった。


「…うっ…」
オレに絡んだ奴らが道路に這いつくばってる。
オレは煙草を吸いながら ちょっと乱れた髪をかき上げた。

「今度オレ見掛けても絶対声掛けんなよ。クス…
まぁオレはお前らの事なんかすぐ忘れちゃうけどな。はは!」

オレは笑いながらそいつらを後にした。
「クス…あー愉しかった♪少しは気が晴れたっと♪♪」
オレはちょっとだけ軽い足取りで歩き出した。


「おい椎凪!」
「 !! 」

また街中で呼び止められた。
今日は何とも呼び止められる日だ…一体誰だよ?
うんざりしながら振り向くと…

「よお!!久しぶり。」
「…!柳沢…?」

ニッコリと片手を上げて近付いて来るのは…
昔同じ署にいた『柳沢 毅』…と…知らない女。

「久しぶりだな。3年ぶりくらいか?」
「そう?」

再会した場所からすぐ近くのオープン・カフェで向かい合って
コーヒーを飲んでると言うわけ。
オレはこの男が少し苦手…体育会系と言うか…元気と言うか…
とにかくそのノリについていけないから…
柳沢は何だかんだとオレに絡んで来てたな…
気に 入られてたのか?オレ??

「なんだ?相変わらずなのか?」
「何が?」
「女だよ。今でも遊び捲くってるのか?」
「遊び…?」
同席してる女の子が ピクリと反応した。
「余計な事言うな!誤解を招く。」
誤解じゃないけど…そんな事初対面のこの子に
知られなくても良い事だから。
「恋人いるし一緒に 暮らしてるから!」
「へー…お前がか?世の中変わるもんだな。」
「オレの事はいい…そちらは?」
「オレの婚約者。『今野 亜樹』」

婚約者?? なんだ?何で今のオレの周りにはそんなんばっかなんだ??

「婚約者なんかじゃないっ!
付き合ってもいないのになんで婚約者になるのよっ!!」
もの凄い剣幕で怒ってる。
「…って言ってるけど?」
オレは少し呆れ気味…オレにとっちゃそんなのどうでも良い事で
そう言う話は今のオレにはタブーだ。
「気にすんな。照れてるだけだ。」
「照れてないっ!」
「あっそう?」
何でオレの前で痴話喧嘩??しかも呼び止められてまで…?
「今度移動する事に なって…それが結構遠い所でだからこいつも
一緒に来てもらおうと思ってるんだけど…なかなかOKしてくれなくて。」
「行く理由無いでしょ。」
ごもっとも!
「それに責任や義務で結婚なんかして欲しくないから!」
「?」
オレはちょっとキョトンとなった。
「あ…俺と亜樹は幼馴染みなんだ… ガキの頃からの…」
「ちょっと聞いてもらえます?!こいつね子供の頃私に怪我させて消えない
傷跡残したからって私の事お嫁にするって言うのよ。
バカにしてるでしょ?だから他の子に言い寄られても誰とも付き合わずに
私にも散々邪魔して誰ともつき合わさないのよ!どう思います?」
って突っ込まれた… ってオレに聞かれても…
「だから何度も言ってるだろ?それは理由の1つだって…
本当に亜樹は分かって無いな…」
「何がよ?」
「俺はお前がいいの。 お前だから結婚したいんだよ。
怪我の事が無くたって俺はお前を選ぶ…お前と…亜樹と一緒に
ずっといたいんだ…だから一緒に来てくれって…な?」
「…………」
亜樹と言う女の顔が見る見る赤くなっていく…
「こいつバカが付くほど真っ直ぐで真面目だから…信じてあげれば?
ってオレが言わなくても 分かってるのかな?」
「なっ!女の経験が豊富な椎凪もこう言ってくれてるんだから!信じろ!」
「それ関係無いだろ…」
「いやそう言う男が俺を褒めて くれるなんて説得力あるじゃないか。」
「なに?もしかして優越感浸ってんの?」
「いや!俺も素直に嬉しいよ。お前にそう言ってもらえてさ。」

そう言って昔と変わらずの笑顔でオレに向かってニッコリと笑った。


何だか今日は疲れた…
柳沢達は仲良く2人で帰って行った。
本当はオレなんか いなくたって上手くいってたと思うけど…
まあこれも何かの縁か?…なんていつもは思わない事を考える。

……結婚か………

「椎凪」
「耀くん!」

待ち合わせの場所…
いつもと同じ耀くんの優しい笑顔…オレだっていつまでも一緒にいたい…

耀くんがオレを見上げてオレに話しかける…
オレは耀くんと繋いでる手をぎゅっと握り直した。

「…?…椎凪?」
オレが急に立ち止まったから耀くんが不思議そうにオレを見た。

「ねぇ…耀くん…」
「ん?」
小さく首を傾げるその仕草が何とも可愛い…

「……オレと…」
あ…なんか良い感じ?このまま…言えそう?
「…けっ…」

「 椎 凪 っ !!! 」 「 椎 凪 さ ん !! 」

「 !!?? 」
「?」

また呼ばれた…今日は一体なんなんだ??
同時にオレの名前を叫びながら迫って来るのは…
振り向くと疫病神の…瑠惟さんと…堂本君???
なんで??なんでこのタイミング????

「もう椎凪聞いてっ!!こいつったら使えないったらありゃしない!!
あんたが先に帰っちゃうから仕方なくこいつ誘ったんだけどさぁ
グズグズ文句ばっかりでさ!! これだからガキは嫌なのよっ!!」
「何言ってるんですかっ!瑠惟さんが我が儘ばっか言うからじゃないっすか!
そんなに俺と飲むのが嫌だったら誘わなきゃいい んですよっ!!
まったく!こっちだってエライ迷惑ですっ!!」
「何ですってぇ!!あんた後輩の分際で生意気なのよっ!!」
「…あーもうやめなよ… 目立つだろ?」
オレにはお前ら2人が大迷惑だよ!
「耀君!久しぶり。ねぇ皆で一緒に飲も ♪♪」
耀くんがお気に入りの瑠惟さんが早々に耀くんを捕まえる。
「うん。久しぶりにいいかも。ね!椎凪。」
「えーーオレは耀くんと2人っきりになりたい。瑠惟さん柊苹さんは?」
「この時間仕事に決まってるでしょ? もう諦めなさいよ!さ!行こ行こ♪♪」

そう言って瑠惟さんはさっさと耀くんと腕を組んで先に歩き出す。
まったく…オレのこのぶつけ様の無い怒りを何処に ぶつければいいんだか…
フルフルと拳を握り締める…オレのタイミング返せっっ!!!

「…!!」
「あ!」
この怒りのもとの元凶と目が合った。

「堂本君…お仕置き決定ね!」
「ええっ!!??なんでですかっっ!!??」
「あ!口答えした…君がしっかり瑠惟さんの面倒見ないからだろ?
更にお仕置き 上乗せね。今日の支払い宜しく。」
「ええっっ!!そんなっっ!!それっておかしいですって!!ちょっと椎凪さんっっ!!」


オレは文句を言い続ける 堂本君を無視して…耀くんと瑠惟さんの後を歩き始めた…