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「心配だ…」

椎凪がボソリと言う…
「もう大丈夫だってば…って言うか行くしかないだろ?」
「そうだけど…大学とは訳が違うもん。」
「椎凪…」

もう最近の椎凪はずっとこんな感じ…
大学の卒業が決まって就職は以前から仕事を手伝ってた岡田さんの会社。
社員の人とも顔なじみだし人数も少なくてオレには合ってる。
それに岡田さんも社員の人もオレの事情をわかってくれてるから安心して勤められる。
…んだけど…椎凪はそうじゃないみたい…

「岡田さんの会社の人はいいんだよ…オレも良く知ってるし…」

そう…オレが岡田さんの所で働くって決まってから椎凪は
何気に岡田さんの会社に通いつめて社員の人ともいつの間にか顔なじみになってた…
椎凪手作りのケーキやその他諸々のデザートが大活躍だったらしいけど…

「あそこのビル他の会社もいくつか入ってるじゃん!それが問題なんだよ!
もう祐輔もいないしさぁ…」

そう…祐輔はまだ学生…上に上がって院に行ったんだ。
結婚して子供まで出来て…パパなんて信じられないけど…
なかなか良いパパをやってるらしい…

「平気だよ。オレだって子供じゃないんだから。椎凪オレの事子供扱いしすぎだよ。」
「何言ってんのっっ!!耀くんっっ!!」
椎凪がオレの肩をがっしり掴んで物凄い引き攣った顔で言う。
「耀くんはわかってないんだよっっ!自分がどんだけ無防備な小動物かっ!!」

「…?…は?」
無防備な小動物?

「飢えてる狼とハイエナがいる所でなんの警戒心もなく
平気で草食べてるウサギちゃんなんだよっ!!」
「……!?」
「狼とハイエナに気付いた時には囲まれて襲われて
裸にされて食べられちゃうんだーーっっ!!」
椎凪が怖いくらい真っ青な顔して叫んだ。
「かっ…考え過ぎだよ…椎凪は…」
「はー…耀くんってば…」
椎凪が物凄く呆れた顔でため息をついた。
「今まで何度声掛けられてナンパされた?」
「え?」
「何度オレと祐輔がそう言う奴ら追っ払ったと思ってんの?」

そう…耀くんは可愛いからとかじゃなくてどう見ても小動物系のオーラが滲み出てるっぽい。
ただそこに居るだけで肉食動物を引き寄せる。
しかも同類の草食動物まで肉食動物に変貌させる事もある特殊なオーラだ。

「…でも…皆が皆そう言う人ばっかりじゃないだろ?たまたま…」

「甘いっ!!砂糖を火にかけて溶かしたくらい甘いっっ!!」

「…え?」
椎凪…デザート作りすぎ?
「とにかく毎日何処にも寄り道しないで帰って来てよ!
なるべく毎日オレが迎えに行くからっっ!!ね!」
「うん…」
って言っとかないと煩そうだからそう返事をした。

その後も色々心配されて…
婚約してるって指輪見せれば誰も寄って来ないからって言ったら

『結婚する前のアバンチュールしようって余計迫られるよっっ!!』

って言われちゃった…じゃあもうどうしたらいいんだよ…


「そんなに心配しなくても平気ですよ。」

慎二君がオレにコーヒーを出しながら苦笑いをしてそんな事を言う。
「何言ってんの?慎二君!!耀くんだよっ!!
今までだって何度危ない目に遭ってるか!!」
「そうかもしれませんけど…24時間監視してるわけにもいかないでしょ?
それに耀君の会社まで押し掛けたりしたら…耀君の立場だってあるじゃないですか。
『 変人の婚約者 』 がいるって社内の人に敬遠されたらどうするんですか?」
「…だから…これでも…セーブしてるんだよ…」
「それで…ですか?」
慎二君が引き攣った顔してる…
「だって…オレ…耀くんに何かあったら死んじゃう…」
「……はぁ…まったく…」

自分でも分かってる…きっとはたから見たらオレは異常な部類に入るんだろうって…
耀くんと知り合う前はこんな事無かった…
一晩限りで女の子と遊んで…1人の子とどうにかなんて思った事も無かったし…
なのに…耀くんとめぐり会ってからのオレは今まで生きて来た人生が180度変わった…
耀くんの事が好きで好きで…絶対手に入れたくて…
だから一緒にも暮らしたし迫りに迫ってやっと自分のモノにした…

後でそれはずっと前から決まってた事だったってわかった…


「 耀くん好きだぁぁぁぁーーーー!!大好きなんだよぉぉぉぉ!!!」

「 !!…いきなり叫ばないで下さいよっ!!しかもそんな個人的な事!!」
「だって…叫ばずにはいられないほど好きなんだもん!!」
「…そんなに…好きなんですか?」
「うん…好き…愛してる…」
「良かったですね…そんな人とめぐり会えるなんてそういませんよ。」
「きっと耀くんじゃなかったらあっという間にフラれてると思う…
って耀くんじゃなきゃここまで好きにならなかったけどね…」
「ほんと出会うべくして出会った…ってとこですか?」
「えへへへぇ……うん!」
「まったく…ごちそう様です。」
「いえいえ…で?何処か行くの?」
何気に出掛ける支度をしてる慎二君に気付く。
「はい。保育園に水希と水帆お迎えに。」
深田さんも職場復帰したから双子ちゃんは預けてるんだよな…
慎二君は時間の許す限り2人の面倒を見てる…
オレと耀くんも時々お迎えに行ったりする…結構新鮮で楽しいんだよな…これが。
「あ…そうか…オレも一緒に行こうかな。いい?」
「はい。どうぞ。」
慎二君がオレに負けないくらいニッコリと笑った。

慎二君の水希と水帆に対する愛情はオレに匹敵するんじゃないかと思えるほどだ…
しかも金とコネがある分オレよりも性質が悪い気がする…

「早いね…もうすぐ1歳か?」
「はい。もう誕生日会盛大にやりますから ♪♪ 」
もう慎二君はニッコニコだ。
「祐輔が良く承諾したね…」
そんなの大嫌いの祐輔が…
「文句なんか言わせませんよ。それに社長もノリノリですし。フフ…」
「…そうなんだ…」

おー…腹黒慎二君の顔だよ…
ほら…やっぱりオレの事言えないじゃないか…



「今日から宜しくお願いします。」

早いものであっという間にオレの社会人生活が始まった。
「まあ…もうみんな望月さんの事は知ってるし…今更だけど
今日からここの正式な社員だから。宜しくね。」
社長の岡田さんが皆を見渡して言ってくれた。

「は〜い ♪ 待ってたわよ望月さん!!」
「え?」
「だってあなたの彼氏面白いんだもん。これからは毎日見れるのかと思うと
楽しみで楽しみで!
今日だって社員全員にメール送って来たわよ。『耀くんを宜しく。』って!」
「はぁ??」
椎凪ったら…もう…
「いつの間にみんなのアドレスなんて…」
「結構前よね?お互いに交換しましょうって。椎凪さんの手作りケーキと交換に。」
「…え?」
「美味しいもんね。椎凪さんのケーキ!それに望月さんの彼氏だし刑事さんだし…
断る理由無いもん。」
「はぁ…どうも…」

なんて訳のわかんない返事をした…椎凪ったら…
帰ったら問い詰めてやるっっ!!


「ええっっ?飲み会?」

椎凪が思いっきり怪訝な顔で聞き返した。
「違くてオレの歓迎会。」
「何処で?」
「あのビルって最上階に多目的に使えるミーティングルームがあるんだってそこで。」
「いつ?」
「今度の金曜日。」
「金曜?オレ夜勤じゃん!!え〜〜!!」
「大丈夫だよ。会社の人達だもん。」
オレはなるべく椎凪が心配しない様にさり気なく話した。
「じゃあオレ迎えに行くから!!どうにか抜け出して迎えに行くから!!」

椎凪が泣きそうな顔でそう宣言した。


「え?他の会社の人達もですか?」
「うん…ここに入った時同時に入った会社が他にあって
僕の知り合いの人が経営者でね…お互い新入社員が少ないから
新入社員の歓迎会は一緒にしようかって約束で…
毎年の恒例行事なんだ…
望月さんに黙ってたのは椎凪さんに知れるとなんか大変かなぁって…
知らなかったって言えば椎凪さんも怒らないでしょ。」

確かに他の会社の人達もいるなんて言ったら椎凪の事だから
物凄い心配するだろうし最初からオレが知ってたらオレ嘘つけないから
すぐに椎凪にバレちゃうだろうし…

「でも…そしたら岡田さんが…」
「はは…大丈夫でしょ?まさかこれくらいの事で殴られたりはしないと思うし。」
「…はぁ…多分…」
オレは自信無く返事をした。
「や…やだな…そんな顔しないでよ…」
「岡田さん…甘いですよ〜〜」
「椎凪さんですよ〜〜」
他の社員の人までそんな事を言い出す始末で…
「それに望月さんに何かあったら連帯責任じゃないですかぁ…」
「ええ??そこまで?」
「岡田さん椎凪さんの事甘く見すぎですよ…
普通の男が社員全員とメルアド交換なんてするわけ無いじゃないですか!!」

やっぱり椎凪って普通じゃないんだ…はは……ハァ…
オレは思わず肩から項垂れてしまった…
(今頃気付いたのか???天然過ぎるぞ!耀っっ!!)


「今年の岡田さんトコの新入社員スッゲー可愛い娘なんだってよ。」

ここは同時に入った広告代理店の会社のオフィス。
比較的男性の社員が多い会社…

「時々来てた娘だろ?彼氏がいるって話だぜ。」
「別にいたって構わないだろ?飲み会の席でそんなの関係無いだろうが!」
「だけどさ…」
「なぁに飲ませてほろ酔い気分なら少しはガードも下がるってもんだろ?
そしたらちょっと多目に飲ませて介抱してあげるってなら何の問題も無いだろうが?な?」

そう言ってニヤリと笑うのはこの会社の入社5年目の 『橋爪 僚太』 27歳独身。
特定の彼女を作らずそれなりに遊んでるお方…

さてさて耀の歓迎会…無事に済むのか??

当の本人はいつもの如くホンワカと自分のお仕事をこなしております。