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僕が小学6年の時…
お父さんとお母さんの事が知りたいと言って…
お父さんにお願いして聞かせてもらった…
お父さんの子供の頃の事…お父さんの中のもう一人の お父さんの事…
その日僕は初めて『もう1人のお父さん』に会った…

『オレの事…嫌いにならないでね…』 って…
今まで見たことの無いお父さんで… 冷たくて暗い瞳で僕を見つめてた…

そのお父さんを癒してあげられるのは…僕とお母さんだけだって事…
そして…お母さんが何で自分の事を 『オレ』 って 言うのか…
どうしてお父さんがお母さんの事を 『耀くん』 って言うのか…
どうしてあの人がお祖父様なのか…


最後まで…全部聞いた時…
僕は…知らないうちに…涙が零れてた…


僕のお父さんとお母さんは…そんな過去があって…
それを乗り越えて結婚したんだ…
お父さんはお母さんと会った時… 運命だって…思えたって…
お母さんしかいないって…思えたって言ってた…
だから…僕も…そんな人と…出会いたい…
僕もそんな人と出会えるかなって… お父さんに聞いたら…

『 きっと出会えるよ…オレが耀くんと出会ったように…
          葵くんにも…たった一人の大切な人が… 』

って言ってくれた…
その日…僕は珍しくお母さんに甘えたくなって…膝枕をしてもらった…
お母さんは何も聞かずにずっと僕を寝かせてくれてた…そっと頭も撫でてくれた…
僕は凄く嬉しい気持ちになって…

「僕ね…お母さんみたいな人と絶対結婚する!」
「え?オレみたいな人?何で?」
「お母さんが僕の理想だからだよっ!
お父さんみたいな男になって今のウチみたいな家庭を持つの!」
「…!!…そっか…ありがとう葵…オレ嬉しいよ…」
お母さんが優しく微笑んでくれた…

    …僕…2人の子供で…本当に良かった…


僕の夢は…
お父さんみたいな男になってお母さんみたいな女の人と結婚する事!!



……月日は流れて… 葵 14歳… 中学3年生 …


「え?うちのお父さんに?」

放課後の部活中…女の子達に頼まれた…

僕はお父さんの影響で料理を 作る事に興味を持って…
小さい頃からお父さんに教えてもらったりしてたから…
料理研究部と言うのがこの中学にあったから迷わず入部した。
思った通り 男子は僕一人だったけど…結構楽しくやってる…
まさか部長になるとは思わなかったけど…

「だって椎凪先輩も料理上手なのにそれを教えてくれてるのって
お父さんなんですよね?」
「一度教えてもらいたいなあって…」
下級生の女の子達がそれぞれ話す。
「お料理関係の仕事してるの?」
同じ学年の山口さん。
「ううん…刑事。」

「 刑事!? 」

一瞬にして皆が騒ぎ出す…
そう言えばあんまりこの事は言っちゃいけなかったんだっけ??

「お幾つなんですか?先輩のお父さんって?」
「えー?えっと…
僕が生まれてすぐ29になったから…今…5月だから…43?かな…」
その場にいる女の子達が一斉に想像し始める…
何を想像してるのかな?

…43歳で…刑事で…料理が得意で…こんな感じ…?

女の子の頭の中には柔道が得意そうな体のガッシリした
地味な背広を着た真面目そうな父親像が思い描かれていた。

「…うーーーん…」


「え?椎凪君のお父さんに?」

料理研究部・副部長の榎本さつき14歳。
「でも椎凪君のお父さんの都合次第なんだけどね…」
「人が委員会に出てる間にそんな話になってたのね…」
「43歳で刑事で料理上手だよ?想像できる?」
「……難しい…ね」
「でしょ?しかもあの椎凪君の お父さんだよ。興味わくよね?
今時あんな男子珍しいもん。」
「う…ん…あんまりいないかも…」
「さつきは特に気になるよねー…ふふっ」
「なっ…何よ… 別に…私は…」
「照れない照れない!部活の後輩達にもライバルいるんだからがんばんなよね!」
「………もー…」

榎本さんは葵が1年の時に部活で 初めて一緒になった時から思いを寄せていたのでした。


「えー!!大丈夫なんですか?」

夕べお父さんに聞いたらOKだって言われたからさっそく 皆に報告したんだけど…
そんなに驚かなくたって…

「今度の土曜日で大丈夫だって。だから今日何作るか決めてお父さんに伝えないと。
何でも平気だとは 思うけど…」
「場所は?椎凪君の家で大丈夫なの?」
榎本さんが心配そうに僕に聞いた。
「うん。大丈夫。」

途端に部屋の中がざわめき出して… みんな何を作ろうか相談し始めた。
「何にする?」
「デザートも作りたいな…」
「大丈夫だよ。お父さん料理全般平気だから。」
「すごーい…」

そんなやり取りを眺めていると…1年の香坂さんが話しかけてきた。
「榎本先輩。やりましたね。チャンスですよ。」
ガッツポーズをしながら張り切って言う。
「え?」
「だって椎凪先輩の家に行けるんですよ?しかもご両親にも会えるなんて…
こんなチャンス滅多に無いじゃないですか!!」
「チャンスって…」
「ご両親にも気に入ってもらって先輩に良い所を見せるんですよ!
だから榎本先輩も頑張りましょう!」
「私は…別に…」
「何言ってるんですか!私はこの チャンス逃しませんから!
椎凪先輩ともっと親しくなるチャンスですもん!負けませんからね!先輩!」
「………」

いつの間にか…香坂さんにもバレ てるし…
部活の後輩達の中にも密かに椎凪君の事を思ってる人は多い…
中等部の中でも椎凪君は結構人気がある…
本人がその事に気が付いていないのが余計に 好かれてるのもあるんだけど…
(耀の天然を受け継いでます。)


…金曜日の放課後。
「榎本!明日コイツんちで親父に料理教えてもらうんだろ?」
同じクラスの城島が僕を指差して言う。
「もーうるさいよ…」
「うん…そうだけど?」
「こいつの夢ってさ親父みたいな男になっておふくろみたいな女の人と
結婚する事なんだぜ!だからどんな両親か見てきてくれよ!」
城島がからかう様に榎本さんに話す。
「いいじゃん…自分の夢なんだから…」
まったく… 何度バカにされて来たか…もう慣れたけど…
「………」
榎本さんも…呆れた顔で見てる…


「城島の言った事…気にしないでね…」
学校からの帰り道…榎本さんと同じになって…話しかけた…
「え?…あ…うん…でも椎凪君…ご両親の事尊敬してるんだね…」
「え?うーん…尊敬って言うかさ… うちの両親異常に仲がいいんだよね…
結婚するまでに色々あったみたいだし…でも2人共お互いの事すっごく大事にしててさ…
僕の事もすっごく大事にしてくれて るの分かるし…
2人みたいな結婚出来たらいいなぁって…」
思わず力説してる自分に気が付いて…照れ臭くなった…
「…ってまだ僕中学生だけどさ…ごめんね… こんな話しちゃって…じゃ…明日ね。」
「あ…うん…明日よろしくね…」
僕はソソクサと…その場を立ち去った。

あー…女の子に…堂々とあんな話しちゃって… 呆れただろうな…榎本さん…はぁ…


…土曜日
「買い忘れ…無いよね?」
「大丈夫でーす。」
皆と待ち合わせをして買い出しをしながら僕の家に 向かってる。

「僕んちここ…」
「 ! 」
皆が見上げて…黙った。
「こっ…ここですかぁ?」
「すっごい所住んでるんですね!椎凪先輩!!」
「お母さんのお祖父様が買ってくれたんだって…はは…」
やっぱり…驚くか…無駄に豪華だもんな…ここ…
「お祖父様ですか……?」

…あ…そこも?…普通… そう言わないか…?失敗した…


「お父さんです。」

玄関を開けると案の定…お父さんが待っていた…
今日の事…結構楽しみにしてたもんなぁ…

「いらっしゃい!今日はよろしくね。」

お父さんが思いっきり人懐っこい笑顔を振りまいた…
「  !!  」
皆が…一斉に硬直した?なんで?
「は…はい… よろ…しく…お願いします…」
榎本さんがハッと気付いてお父さんに挨拶をした。
『ちょっと…全然想像してたのと違うじゃない!!』
『背も高いし… カッコイイよ…』
「?」
他の人達が何だかヒソヒソ話してる…

「いきなり料理も何だからね。どうぞ。」
リビングのソファに座って…お父さんが 紅茶を出してくれた。
「は…い…ありがとうございます…」

…すごい部屋…

「そう言えばお母さんは?」
「まだ寝てるよ。昨日遅くまで仕事して たから。」
「お母さんのお仕事って?」
「え?んとね…IT関係…」
そんな事を話しているとリビングのドアが開いてお母さんが入って来た。
「おはよ…椎凪…葵…あふ…」
眠そうに目を擦ってる…
「おはよう。お母さん。」
「オレコーヒー飲みたいな…椎凪…」



 「おはよう耀くん。
 今日も綺麗だね…愛してるよ。
 すぐコーヒー淹れてあげる。」

 「ありがと椎凪。オレも愛してるよ。」

 そう言っていつもの 様に
 僕の目の前でキスをする2人…




僕の…目の前…?ん??違う!!僕じゃないっ!!僕達だっ!!
しまったっ!!いつものクセで… 周りの事なんて全く気にして無かったよぉぉーー!!!

「 ……… 」
部の皆が…お父さんとお母さんをジッと見つめて…誰一人喋らない…

「う…うちの親 仲良くってさ…ビックリ…したよね…ははっ…ごめんね。
いつもの事だから気にもとめなくって…」
苦し紛れのいい訳…

「あっ!!人がたくさんいるっ!!」

「やっと気が付いたの?お母さん…」
相変わらず寝起きは寝ぼけてる…
「葵くんの学校の部活の人達だよ。今日うちで料理するって言ってたでしょ?」
お父さんがお母さんに説明した。
「あ…そう言えば…いらっしゃい…」
今更だけど顔を真っ赤にしながらお母さんが挨拶をした…
「おじゃましてます…」


「火加減気をつけてね。」
「はーい。」
何人かに分かれてそれぞれ料理を作った。
「葵くん。これでどうかな?」
「ん?」
榎本さんが混ぜ合わせた ドレッシングを持って僕に聞いた。
僕はチョコット舐めて味見をする。
「美味しい!いいんじゃない?」
「本当?良かった。」

そんな私達を…椎凪君のお母さんが 遠くからそっと見てる…
綺麗な…お母さんだな…振り向くとお父さんと楽しそうに話す椎凪君がいた…
お父さんとお母さんが理想なんだよね…
何か… 分かる気がする…
何でだか…とっても暖かい気持ちになったのは…どうしてなんだろう…?

一方…椎凪や耀に自分をアピールすると言っていた香坂さんは…
『 もー…忙しくって…それどころじゃ無いよぉ… 』
と嘆いていたのでした。

「ずべての料理完璧だったね。」
食後のデザートのチーズケーキを食べ ながらみんなで話してる。
「このケーキも美味しい。」
「椎凪先輩のお父さんの教え方が良かったんですよ。分かりやすいし優しいし…」
「本当?良かった。」
「本当に仲がいいんですね…」
「恋人同士みたい。」
バルコニーのテーブルで話してる2人を見てそう言われた。
「ウザイほど仲がいいよ…」
呆れ顔の僕に 皆が納得したような顔をして頷く…
……なんか…わかる…
「でもウチの親なんてお父さんがお母さんに触っただけで嫌がってるよ。」
「ウチも2人がキスしてる 所なんて生まれてから見たこと無いかも…」
後輩の女の子達が盛り上がる。
「え?そうなの?普通そう言うものなの?」
ホントに疑問に思って聞いてみた。
「ですよ。まぁ…見てない所でしてれば別ですけど…先輩の所みたいにオープンには…」
物心ついた時から2人がキスしてない日って見た事がない…
しかも…一日に1回や2回じゃない…何度もだもんな…
「まあ…仲が良いって言う事で…」
苦しそうに…フォローしてくれた…

…やっぱり… ウチの親って…少し変わってるんだろうか…?世間から見ると…?

今更だとは思うけど…そんな事を思ってしまった…



休み明け…今日は部長会があって 副部長の榎本さんと一緒に出席した。
もう部活の時間も終わって校庭にもあまり人がいない…

「何でいつも部長会ってこんなに終わるのが遅いのかな…」
僕は溜息をついた…夕飯の支度が遅くなる…
そんな僕達の目の前に…部の後輩の香坂さんが立っていた。
「あれ?香坂さん…部活とっくに終わってるよね? どうしたの?」
「椎凪先輩!お話があります。だから待ってました。」
「え?僕に?部活の事?」
「違います!」
「あ…私…先に帰…」
「榎本先輩もいて下さい。」
帰ろうとした榎本さんを引き止めた…でも…何だろう?
今日の香坂さんなんか強気?
「……」
榎本さんはチョット困った顔を して少し後ろに下がる…

「なに?どんな事?」
「 私…料理研究部に入部した時から椎凪先輩の事が好きです!
この前先輩の自宅に伺って…学校に居る時とは 違う先輩とか…
家での先輩の事とか…見たら…
もっと先輩の事知りたくなって…だから…
私と付き合ってください!! 」

「 ……え?…ええーっっ!!! 」

突然…そんな事を言われて…驚いてしまった…
生まれて…初めて…告白された…

「今!返事して下さい。」
「え…あ……い…今?」
「はい。」

僕は…どうしたもんかと思ったけど…ちょっと考えて…少し呼吸を整えて…
榎本さんが見守る中…静かに話し始めた…

「…ごめん…香坂さんの事は…部活の 後輩としか…見れない…」
「…他に好きな人とかいるんですか?」
「…好きな人は…いないけど…僕ね…ずっと待ってるんだ…」
「待ってる?」
「そう…僕の好きになる人は…この人なんだって…思える人…
僕の胸の奥の方で…感じる人…いつか出会えるって信じてる…
だからその人を待ってるんだ…」
香坂さんが半ば呆れ顔で僕を見つめてる…

「…もうその人と出会ってるかもしれないじゃないですか…気が付かないだけで…
それに… そんなの無くたっていつの間にか好きになる事だって…」

「ううん…それは無いと思う…僕にはわかる…まだそんな人と出会えてないって…
子供じみてて… 現実離れしてるかもしれないけど…ずっと前から決めてる事だから…」

…それは…私じゃないって…事…ですよね…榎本先輩でも…

「これから 付き合っていけば…私の事…好きななるかも…しれないじゃ…ないですか…」
香坂さんが俯いて…必死で言葉を続ける…
ああ…きっと泣かせちゃったんだな…

「ごめん…香坂さんの事は 大切な後輩だと思ってるよ…
でも…僕の待ってる人じゃない…本当にごめんね…」

ひどいかもしれないけど…本当の事だから…仕方が無い…
僕は…お父さんとお母さんが出会った様に…
僕も…きっとそんな人と出会えるって…信じてるから…
その時を…待っていたいんだ…

「…う…」
「? 榎本さん?」
なぜか榎本さんまで泣き出してる…?なんで?


人を好きになるって…簡単な事だけど…
その人に…その気持ちを受け取ってもらえるとは限らない…
お互いの想いが通じるのはとても難しい事なんだ…

『 好き 』 って言う気持ちはとても暖かいのに…
報われなかった時…とても辛いものに変わる…


 僕は…今…香坂さんが辛くて…
 悲しくて…切なくて…
 やり切れない気持ちなんだろうと
 知ってても…

 僕にはどうしてあげる 事も出来なくて…

 何も言ってあげられなくて…

 ただその場に立ち尽くしていた…





その日の夕食の後…
ソファでお父さんがお母さんを後ろから抱きかかえて…
お母さんは読書…お父さんは お母さんに甘えてる…
本当に…仲がいいんだよな…あの2人…

僕もあんな風になれるのかな…

「葵くんこっちに来て。」

夕食の後片付けが 済んでエプロンを外してる時…お父さんに呼ばれた。
「? なに?お父さん? 」
ソファに近づくとお父さんに腕を引っ張られた。

お父さんがお母さんの後ろから引っ張るから…
その拍子に膝を着いてお母さんの胸に思いっきり近づく。

「え?なに?お父さん…」
僕は焦った…お父さんは ニッコリ笑って…

「愛してるよ…葵くん。」

そう言ってお母さんと僕を一緒に抱きしめる。
「うわっぷ!!ちょ…お父さん…やめ…!!」
お母さんの胸に…思いっきり顔が埋まった!!
「 うわっ!! 」
お母さんもビックリして声を出した。

「元気出た?」

お父さんがお母さんの 肩越しから僕に言う。

「葵くんなんか元気なかったからさ。オレと耀くんの愛を葵くんにわけてあげる。」

ニッコリ笑うお父さん… いつもの…笑顔だ…
「お父さん…」

ほんと…お父さんていつも鋭いんだよな…
僕やお母さんに何かあるとすぐ判るんだ…でも 今日はちょっと感謝かな…
確かにちょっと落ち込んでたかも…お父さんありが…

「 ああーっっ!!葵くんっ!!耀くんの胸になんでそんなに埋もれてんのっ!!
ダメだよ!!もう立派な男の子なんだからっ!!刺激強すぎっ!!」

「なっ…何言ってるんだよ!!お父さんが無理矢理僕の事引っ張るから…」

もーせっかくお父さんの事…心の中で褒めてたのに…

まぁ…でもいいか… チョットだけ…元気になれたから…
僕はそのまま2人の間に座った。
お父さんはお母さんと離れたってぎゃんぎゃん喚いてたけど…
僕はそんな事お構い無しに 2人に挟まれて…
しばらくの間2人の温もりを感じてることにした…
とっても暖かくて…気持ちいい…


   ねえ…お父さん…お母さん…

             2人の愛を…僕にちょうだい……