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それからの椎凪の変わりようはオレも驚く程だった…
自分から進んで記憶を思い出そうとしているみたいに…

家に帰ってからも変化があった。
今日の朝まで ずっと家の中でもシャツを着てたのに夜シャワーを浴びた後
「何か変な感じがずっとしてんだよな…」
って言ってシャツを着なかった…
椎凪もオレに殴られた後 気持ちに余裕が出来たのかな…
瑠惟さん達にも会えたし…やっぱり知り合いの人と会うのって刺激になったのかな…
でも…まだまだこれからだ…だって…椎凪… 料理の事全然思い出さないもん…
あー早く椎凪の作った料理食べたいなぁ…

オレはいつものソファのいつもの場所に一人座ってた…
椎凪は記憶喪失になって からすぐ自分の部屋に行っちゃうから…今夜もオレ一人だ…
「…はぁ…」
溜息が漏れた…

「ギシッ」
んっ?!
隣を見るといつの間にか椎凪が座ってたっ!!
全然入って来た気配感じなかったんだけど…?
いつもの場所に座ってしかもオレの事ジッと見てる…へ?なんで…?
しばらくすると今度はオレの腕を掴んでお互いが 正面で向かい合うように座り直された…
「な…なに?」
心臓がドキドキしてる…だっていきなりこんな事するんだもん。
「いや…耀君の事見てれば何か思い出す かなぁ…って」
真面目な顔で椎凪がそう言った。
「そ…そうなんだ…」
ふー…焦った…
更にじぃ………っと見つめ続ける椎凪…
オレはどんどん心臓の鼓動が早くなって顔が赤くなっていくのがわかる…
う…マズイよ…だめ…だ…オレこの椎凪に見つめられると…たっ…倒れそう…
同じ椎凪なの に…でも…もう心臓がバクバク…
「あ…」
とうとう堪えきれず目線を逸らせた。
「何で逸らす?」
そう言って両手でオレの顔を挟んで強引に椎凪の方に向け させられた…
「えっ??だっ…だって恥ずかしい…」
正直に話した。
「恥ずかしい?何で?オレと耀君は恋人同士なんだろ?」
「そ…そうだけど…そんなに ジッと見られたら…さ」
「そーゆーもんか?」
「う…ん…」
椎凪は納得いかない顔してた…
いつものソファにオレと椎凪が座ってる…いつもと同じなのに…何処か違う…

『 耀くん。 耀くん。 』

…くすっ…
椎凪がオレに構って欲しくて…オレに抱きついて来るのを思い出して小さく笑った…

「オレじゃないオレの為にそーゆー顔するんだよな…」

「え?」
椎凪が少し上を向いて不貞腐れた様に言った。
そしてオレに腕を伸ばして自分の方に引き寄せたくれた…
「 ?! 」

「オレの為にそういう顔しろよ… 今はオレが椎凪なんだぞ…」

「椎…凪」
耀君が不思議そうな顔をしてる…
「…………」
オレは照れ臭くて耀君から目を逸らしていた…
どうもオレはおかしい…
夕べ耀君に殴られてキスしてもらってからオレの中で何かが変わった…
今日だってあの野郎に耀君が抱きつかれてるのを見たら
本当は殺してやりたいほど頭にきてた…
今だって胸の奥に嫉妬にも似た感情が占めてる。
だからオレの方に引き寄せてオレに意識 を向かせた。
今のオレには耀君の記憶は無い…
でも…キスは身体が覚えてた…耀君とのキスをオレは知ってる…
耀君に対して何かが胸の奥から込み上げてくる…
でも 今のオレにはそれを持て余して…どうしていいか分からない…
でも…耀君だけは誰にも渡しちゃいけないとオレの中のオレが言う…
こいつは全てを知ってて… きっと耀君とも上手くやっていたに違いない…
耀君がオレを見つめているのは分かってた…
そのまま耀君をオレの膝の上に引っ張り上げて横向きに抱きかかえる…

「今耀君の傍にいるのは…オレなんだからな…」

言いながら耀君に強引にキスをした…
「ん……」
耀君は少し驚いた様だったけどすぐオレの首に腕を 廻して抱きしめてくれた…
「…ン…椎…凪…あ…椎凪…」
絡み合った舌の間から耀君のそんな言葉が零れる…

それはオレを呼んでるのか?…違うよな…記憶を 無くす前のオレを呼んでるんだ…
そう考えると…何だか自分に腹が立ってくる…変な感じだった…
…自分で自分にヤキモチって妬けるもんなんだな…初めて知った…

時間を忘れるくらいオレ達は長いキスをした…
離れたら…もう二度と…キスが出来ないと思えるほど…
お互いを求め合ったキスだった…

「いいの?椎凪… オレの事…覚えてないのにキスしてくれるの?」
耀君が泣きそうにオレに問いかける…
「身体が…唇が憶えてる…キスも耀君を抱いてる感覚も…手が腕が憶えてる…
いつもと同じ…そうだろう?耀君…」
そう言ってまたキスしてくれた…
椎凪の唇の感触…絡められる舌…いつもと同じキスだ…椎凪…椎凪…
オレは椎凪に廻した 腕にもっと力を込めて椎凪に抱きついた。


椎凪の部屋のベッドの中…オレの隣にはいつもの様に椎凪が眠ってる…
あの後…

『今まで一緒に寝てたんなら一緒に寝よう。オレがしてた事はオレもする。』

そう言って一緒に寝る事になった…何日ぶりだろう…椎凪と一緒に寝るの…
オレは嬉しくて椎凪の寝顔をずっと見ている…
何が椎凪を変えたのか分かんないけど… 以前の椎凪と同じ事をして記憶が戻ればいいな…
そう言えば今日の椎凪は本当に怖かった…
記憶喪失のせいであんな椎凪になったのかな…
考えても上手く理由が 見付からないから考えるのを止めて肌蹴た掛け布団をかけ直そうと
椎凪に手を伸ばした…
その瞬間寝てると思ってた椎凪がオレの手首をパッと掴んだ。
「え?」
「なに?」
瞳がチョット怖い…睨まれた…
「あ…えっと…布団掛けようと思って…」
「ああ…そっか…」
バツの悪そうにオレの手を離す椎凪…本当に今の 椎凪は鋭い…
「眠れないのか?」
「ううん…」
まさか椎凪の寝顔見てたなんて言えないよ…
理由も言えずモゴモゴしてたら椎凪の手が伸びてオレを引き寄 せた。
「!」
「いつもそんなに離れて寝てたのか?」
「ううん…」
「ならいつも通り寝ろよ…」
「…え?…でも…いいの?」
「ああ…」
「う…ん…じゃあ…」
オレは言われた通りにいつも寝てる時と同じ様に椎凪の温もりが感じるくらいに寄り添った…
何故か凄く恥ずかしかった…椎凪もオレの身体に 腕を廻して抱き寄せる…
「おやすみ…椎凪…」
「おやすみ…耀君…」

椎凪の温もりが感じる…目の前にはオレの大好きな椎凪の大きくて暖かい胸がある…
あー…ホッとする……椎凪…オレの事早く思い出して…オレ待ってるから…
…いい子で待ってるから…

夕べまであんなに怯えて寝たのに…今日は全然平気だ…耀君が傍にいてくれるからか…?
耀君が傍にいるだけでオレはこんなにも安心できる…
耀君の言う通りだ… 耀君と離れたらきっと…1日ももたない…
耀君はオレの事…本当に全部わかってるんだ…

早く耀君の事…思い出したい…1日も早く…目が覚めたら…記憶が 戻ってればいいのに…
そんな事を思いながらオレはあっという間に眠りに落ちた…


4日目の朝…久しぶりにぐっすり眠れた…きっと椎凪が一緒に寝て くれたからだ…
目が覚めると隣に椎凪がいなかった…
オレは慌ててリビングに椎凪を捜しに行った…まさか…出て行ったなんて事無いよね…

リビングのベランダに面した窓際に寄りかかって 椎凪はタバコを吸いながら外を眺めていた…
椎凪の姿を見つけてホッとしたけど…その姿が様になってて…
そうだよな…椎凪モデルの仕事とかしてるんだもんな…
「 耀君おはよ。 」
椎凪がオレに気付いた…チョットだけ笑ってる様な顔をした?
「あ…おはよ…う…」
オレは相変わらずドキマギ…
「何か目が覚めちゃってさ… まいった…」
「椎凪早起きだから…」
毎朝オレの為に早起きして朝ご飯作ってくれてたからなぁ…
習慣て凄いな…記憶が無くても身体は覚えてるんだ…
思わず感心してしまった…根っからの『主夫』なんだ椎凪って…
「暇だったから取り合えずあるもんで朝メシ作ったから耀君食べなよ。」
「えっ?あ…本当だ!! うそ…椎凪…作ってくれたの?」
見るとテーブルに上に料理が並べられてる。
「ああ…オレ料理作れんの?」
「うん…オレの好きなものいっつも…作って… くれた…ぐずっ」
「耀君?」
「これはうれし涙!オレ…うれしいよ…ありがとう。椎凪!」
オレの方に向き直って今までで一番可愛い笑顔でそう言ってくれた。

うっ!!
オレの心臓が『ドキリ』となった…耀君…すっげー可愛い…
確かに男の子にしては可愛いとは思ってたけど…こ…これは…反則だろ?
良く掴まえたな… オレ…
オレは自分で自分に感心してしまった。

「一緒に食べようよ。椎凪!」
「ああ…」
耀君からのお誘いだ…断るなんて出来ない。

耀君と向かい合って 食べた。
耀君はずっとオレが作った料理を美味しい美味しいって言って全部食べてくれた。
そんな耀君を見てオレは耀君の為にまた料理を作ろうと心に決めた…

家の中に居るよりも外の方が気分が良いだろうと耀君と2人外に出た。
昨日までと違って耀君はオレに遠慮が無くなって自然にオレと接してくれてる…
少しはしゃいで色々な顔を見せてくれて…疲れなきゃいいけど…
2人で色々な所に行った…
以前行った所だそうだけどオレは何も覚えていないし思い出せもしない…
雑貨屋の入り口近くで立ってると耀君が手に何か持ってオレの所に来た。
「見て椎凪。これ可愛い音がするよ。」
そう言ってオレに小さな手で動かすオルゴールを 見せた。
「オレオルゴールの音好きなんだ…なんか和むよね…」
そう言った耀君はとても優しい顔をしてた…
「オレはね…耀君で和むよ…」
「え?」
そう言ってちょっとびっくりしてる耀君の頬を指先でそっと触れる…
そして親指で唇を優しくなぞった…
「だからオレ耀君の事好きななったのかな…
本当のオレが 耀君の事好きになってくれて良かった…
こうやって耀君と一緒にいれる…オレ…うれしいよ…」
そうなんだ…どんどん耀君に…癒されていく…
「本当?…椎凪… もうオレの事置いて出て行くなんて言わない?」
不安そうな顔でオレに問いかける…
「言わないよ…あの時はごめんね…耀君の事…傷付けてごめん…
あの時オレ 世の中で一人だと思ってた…
記憶が無くて不安だった…耀君の言う通りだった…」
耀君はじっとオレを見つめてる…オレはそっと耀君の頬と唇を触れ続けてる…
柔らかくて…気持ちがいい…
「でも今はもう耀君の傍から 離れないから…この今のオレ物凄く孤独なんだ…
1人だと辛くて…苦しい…でも耀君が一緒なら大丈夫…生きていける…だから…」
耀君を抱きしめた…
「オレの…真ん中にいて…オレの身体の…心の真ん中にいて…オレが耀君守るから…
オレの中に大事にしまって…誰にもさわらせないから…」

耀君は…オレのものだ… オレの中のもう一人の『オレ』がそう伝える…
でもそんなもの無くてもオレにはわかってるんだ…

オレの部屋のベッドの中…
今夜は耀君を抱くつもりだ…優しくキスをして…抱き寄せて…
嫌だと言っても…抱くつもりだった…

「え?…どうして…?」
パジャマのボタンを外して上着を脱がそうとして動きが止まる…
耀君の身体が…女の子…?

「おどろいた?」

耀君が困ったような顔をして微笑みながらオレを 見上げていた…