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こんな事は初めてだった…足が…前に進もうとしない…
オレは草g邸の前でもうどのくらいだろう…立ち尽くしていた…
別に…来た事を後悔している訳じゃない… 決心がつかない訳でもない…
ただ…彼に会うのが…恐怖にもにた感覚に見舞われる…
そんな親しい訳でもないし…一人で会うなんて初めてだし…
連絡を取っていた訳でもないから…今彼がここに居るのかも分からない…
それからしばらくして、オレは決心して…大きな門のインターホンを押した…


彼は 屋敷にいた…
名前を言うと分かってもらえたらしく中に通された…
以前オレが記憶喪失を治して貰った時に通されたあの応接間だ…
どのくらい待っただろう… 静かに扉が開くと彼が…右京君が入って来た…
オレは心臓がドキドキして…いつの間にか背中に汗を掻いてる…

「やあ…何の用だい?君が僕を訪ねてくるなんて 慎二君から聞いてないけど?」
「いや…今日の事は慎二君にも…言ってないから…
今日はオレが君に頼みがあって来たんだ…」
「頼み?…いきなり訪ねて来て 頼み事かい?
僕は君とそんなに親しいとは思っていないけれどね…」

静かな瞳でオレを見つめる…何もかも見透かされそうな…そして吸い込まれそうな瞳…

「都合の良い事だとは…分かってる…でも…君にしか頼めない事なんだ…
それに…慎二君からじゃなくてオレが君に頼まなくちゃいけない事だから…」
「 ? 」
オレは…耀くんの事を彼に話した…


「どう言う事だい?」
理解出来ないと言いたげな右京君…
「つまり…今の耀くんのままで自分は本当は女の子なん だって…分かってもらいたいんだ…
君なら出来るだろう?オレにそうした様に…」

右京君には特殊な力がある…
草g家代々から受け継がれてる瞳に篭る『邪眼』 と呼ばれる不思議な力…

「でも昔の事は忘れているんだろ?思い出してもいいのかい?
あの子はそれに耐えられるの?」
改まってそう言われると…返事に困った… でも…
「大丈夫…オレは耀くんを信じる…今ならきっと…乗り越えられる…
オレが…ずっと傍についてるから…」
「ふーん…そう…」
何故か不服そうな顔を する…
「やってくれるか?」
オレは…祈るように右京君に聞いた…
「まず一つ。」
人差し指を立てて話し始める…
「やるとしても時間がかかるよ…その間君がその子に会う事は禁止する。
それから二つ目!これが一番重要な事だけど…」
そう言ってオレを真正面から見据えてキツイ口調で言った。

「僕が君の恋人の為にそこまでする理由が無い!
君の時は慎二君に頼まれたからやっただけだ!」

そう言って黙ってしまった…
オレは…そう言われるのを予測していなかった訳じゃない…
当たり前だ…オレの…身勝手な頼み事なんだから…だから…

「何をすればいい…」

「 ? 」
「君の為に何をすれば今回の事引き受けてくれる?」
オレはすがる様に右京君に訴えた。

「別に君にして欲しい事 なんて何も無いよ。もう話す事は無い。帰りたまえ!」



「うげっ!何コイツ…暗っ!!」

祐輔がオレを見るなりそう叫んだ…当たり前だ…
あの後 取り繕う暇もなく右京君はオレの前からさっさと居なくなってしまった…
オレは帰るしかなかった…
耀くんは祐輔が家まで送ってくれた…
オレは家に帰る前に慎二君 の所でイジケていると言う訳だ…

「耀君の事右京さんの所に頼みに行って見事に断られたんだって…」
「で?暗いのか…?」
「耀君には言えないから慰めて もらえないだろ?だからずっとこうなんだよ…」
慎二君が少し間を置いて話し始めた…
「僕も今回はそれが耀君にとって良い事なのか分からなくってさ…
だから協力出来ないんだ…」

「オレは耀くんが耀くんのままでいてくれれば…それでいいんだ…
男の子だって女の子だって…オレは本当にどっちでもいいんだ… それが耀くんだから…
でも…耀くん悩み始めてる…今のままでいいのかって…
心と身体が同じになりたいって思い始めてる…
だからこれは…耀くんにとって… きっと良い事なんだよ…」

「でも…良い結果が出るとは限りませんよ…?」
「それも…考えたよ…でもそれでもいい…どんな事があってもオレ…
耀くんの 傍離れないから…」
オレはそう言ってしばらくその場でうずくまっていた…


数日後の草g邸…

「やっぱり君が来たね?」
そう言って右京さんは 優しく笑った…
「いつも…右京さんに頼ってばかりですみません…」
僕は本当に申し訳ない気持ちで一杯だった…

「耀君の事…お願いできますか?」

「君の頼みなら断れないな…」

「でも…多分今度は右京さんにはとても迷惑をかけると思うんです…」
「そうだね…大分時間かかると思うよ…」
「………」

やっぱり…僕は目を瞑って俯いてしまった…

「右京さん…」
「なんだい?」
「僕の時間を使って下さい。」
「 ! 」
「右京さんが耀君の為に使う時間と同じだけ僕の時間を右京さんにあげます…
迷惑じゃなければ ですけど…僕にはそれくらいしか出来なくて…」
僕は俯いたまま話した…右京さんの顔が見れない…

「あの時みたいだね…」

「 …あ!」
そう…初めて 右京さんに会った頃も僕の時間をあげたんだ…

「いいね…僕に慎二君の時間くれるの?嬉しいよ…」

右京さんが僕に近づいてくる…

「いつの間にか背が 同じ位になったね…」
目の前に立った右京さんが優しく笑いかけてくれる…
「はい…」
そう…あの時は右京さんの方が僕より随分背が高かったのに…
右京さんの手が伸びて僕のピアスをしてる耳に触れた…

「耀君の事は分かったよ。慎二君の頼みだもの…最善を尽くすよ。
君の時間に値するようにね。」

そう言って右京さんも自分の左耳を触る…僕と同じピアス…

「有り難う御座います…右京さん…」

右京さんがずっと僕に微笑んでくれてる…
昔から僕が 絶対勝てない…笑顔なんだ…


オレが右京君の所を訪ねてから3日目の夜…慎二君に呼ばれて一緒に右京君の所に行った…
まさか慎二君が頼んでくれるとは思ってなかったから…

「耀君の事引き 受けるよ。早い方がいいから明日僕が迎えに行く。
警戒されない様に注意したまえ。耀君には内緒なんだろう?」
「大学の方はもうすぐ夏休みだし僕の方でちゃんと やりますからご心配なく。」
「え?…明…日?」

そんな…急に…明日なんて…オレはパニックになっていた…耀くんと明日から…離れる?

「椎凪さん。大丈夫ですか?」
「え…?あ…慎二…君…」
「しっかりして下さいね。」
「…うん…」
「前にも言ったけれど君は耀君に会ってはいけないよ。」
「え?…オレ…傍にいちゃ… いけないの?え…だって…オレいつも傍にいるって…
ずっと傍にいるって約束したんだっ!傍にいたいんだよっ!!」
「だめだよ。初めから君が居たら耀君が迷って しまう。君に他人の振り出来るのかい?
一緒に居ても触れる事も何一つ2人の事は言えないんだよ。
君に耐えられる?だから君は居てはいけない…」

オレは…いちゃ…いけない…?

「耀君はゼロから始めるんだ…ゼロの時に君が居てはいけない…
全て耀君が自分で思い出すまで君は会ってはいけない…守れるかい?」
「………」
オレは…右京君の言ってる事は分かった…けど…頷けないでいた…
「椎凪さん…」
「これだけは憶えておきたまえ。最善は尽くすよ。
でも耀君が 君の事を思い出すかどうかは分からないって事…
耀君がどう気持ちを整理するか僕にも分からない…
君の事忘れる事だってあるかもしれないよ…それでも構わないのかい?」

右京君が最後の決断をオレに迫った…オレは…

「構わない…それで耀くんが女の子に戻れるなら…
そう…構わないよ…もし…その時はもう一度耀くんと恋をする…
そしてもう一度…愛しあうから…大丈夫…」

オレは耀くんの事を思い浮かべて…そう言った…
耀くんがオレの事忘れるなんてあり得ない…でも…もし…万が一そんな事になっても…
オレ達は絶対…ううん…必ずもう一度恋に落ちて愛しあうんだ…

でも…明日から耀くんと離れて暮らす…?覚悟はしてたつもりなのに…
現実になると…こんなに辛い事 だったなんて思わなかった…



今日はお昼を外で食べようと耀くんを連れ出した。
夕べ右京君と約束した場所…時間も…もうすぐ…
耀くんに気付かれない ように…夕べは自然に振舞った…
本当はずっと抱いていたかったけど…我慢した…
自分で決めた事だったけど…こんなに辛くて…寂しいなんて思わなかった…

「どうしたの?椎凪?」
オレがお店に行く途中で歩かなくなったから…耀くんが心配そうに声を掛けてきてくれた…
「耀くん…」
「なに?」
いつもの耀くん… 優しく…オレに笑いかけてくれる…

「耀くんは…忘れてる事があるんだよ…」

「 ? オレが?忘れてる?何を?」

不思議そうにオレを見る…

「だから… オレの為に思い出して…」

「椎凪の為に?」

耀くんが余計不思議そうな顔をした。

「思い出すまで…これ…耀くんに預けておくから…」
そう言ってオレが いつも身に着けているペンダントを耀くんに渡した…
訳が分からない様な顔でそれを受け取った…その時…

「 耀君。」

後ろから耀くんを呼ぶ声がした…
耀くんが振り向く…その瞬間…右京君が瞳に力を込めて耀くんを見つめた!
瞳が妖しく光ってる…『邪眼』を使ったんだ…

「 !! 」

ド ク ン ッ !!
耀くんの身体が一瞬硬直してそのまま その場に倒れ込む…
「耀くんっ!!」
オレが支えようとした時…右京君が耀くんを抱きかかえた…

「終わったら連絡するよ。時間をかけるからいつになるかわからないよ。」

冷静な声で言われた…
「慎二君に感謝する事だね。」
そう言うとオレに背を向けて 右京君が歩き出した…
オレはそんな右京君の背中を複雑な気持ちで見つめてた…

…耀くん… 耀くんが離れていく…オレの…傍から…オレを…残して…


あれから…どの位の時間が経ったんだろう…
どうやって 家に帰って来たのか分からない…
フラフラと…歩いて…耀くんの部屋に入る…いつもより…静かな部屋の中…
この家に…耀くんはいない…
何処を探しても… 何処に行っても…耀くんに会えない…
触れられない…キスできない…抱きしめられない…愛しあえない…

『椎凪』って呼んでもらえない…

傍に居るって… 約束したのに…それすら守れない…オレって無力だ…
でも耀くん…信じてるよ…必ずオレの所に戻って来てくれるって…
オレ達もう…一人じゃ…生きて行けないん だから…

「…くっ…」

涙が…零れて…オレは声を殺して泣いた…
…耀くんが居ないと…オレの全ての時間が止まる…


ガチャ…
今日耀が右京の所に 行ったと聞いた…あいつの事だから…多分…
案の定…耀の部屋で放心状態の椎凪を見つけた…
オレが来た事も気付かない…今のあいつには耀以外関心が無いんだろう…
オレは椎凪の部屋に行って適当に着替えをバッグに詰め込んだ。
あいつの目の前に立つとオレに気が付いたらしい…

「…祐…輔…?」
寝ぼけた様な力の こもってない返事が返って来た。
「ほら行くぞ!椎凪。」
そう言って目の前に手を出す。
「どこ…に?」
ヒョロヒョロと腕をオレの方に伸ばす…その腕を掴んで 引っ張り上げて立たせた。
「オレんち!お前一人じゃやってけねーだろ?」
「祐輔の…所…?」
理解出来てねーな…こいつ…
オレは仕方なく椎凪の腕を ずっと引っ張って歩いた…
すれ違う奴らがクスクスと笑いながら振り向いていく…くそっ…

オレの部屋に来ても椎凪は無反応…放心状態でソファに座ってる…
流石にイライラしてきた。
バ シ ッ !!っと思いっきり椎凪の左頬にビンタを入れてやった!
「 !? 」
殴られた頬を手で押さえながらキョトンと した顔でオレを見上げてる。
「いい加減にしろよっ…椎凪!ボケてたら張ったおすぞっ!」


浴室からシャワーの音が聞えてくる…でも椎凪の奴が入ったきり出て 来ねー…
「開けたくねー…」
オレはそう呟いたが仕方なく浴室のドアを開けた…
「おい!椎凪…」
「…………」
椎凪が壁に手を着いてシャワーを浴び 続けていた…どう見ても普通とは思えない…
きっと何十分もこうやってシャワーを浴び続けてるんだろう…
「ったく…」
オレは呆れて溜息をついてシャワーを 止めた。
「もう済んだのか?」
「うん…」
「じゃあサッサとあがれよ…」
「うん…」
そう言いつつも動く気配が無い…ム カ ッ!!
オレは頭に きて水の方をひねってやった!
それでも椎凪は微動だにせず水のシャワーを浴び続けている…
ダメだ…こいつ…

「はーーー…」
オレはまた溜息をついてシャワーを止めた。

「耀は必ず帰ってくる…お前が決めたんじゃねーか…もー後悔してんのか?」

椎凪の身体がピクッと動いた…
「後悔は…してない…きっとこれで良かったんだ…」
そう言うと椎凪がビショ濡れのままオレに抱き付いて来やがったっ!

「 げっ!! 」

「オレ…傍にいるって…言ったのに傍にいてあげられない…オレ何もしてあげられない…
それが辛い…悔しい…悲しいんだ…祐輔…」

そう言って泣きながらオレを強く抱きしめた…

「それは…お前だけじゃねーだろ…オレと慎二だって…ただ待ってるだけなんだぞ…
でも…それしかねーんだよ… 耀が必ず戻ってくるって…信じて待つしかねーだろ…」


…などと椎凪が落ち込んでいた頃…草g邸では…

「…………ほう…」
右京が耀を見つめて なにやら感心している…

耀は只今治療中にて右京によって精神年齢が6歳に戻っています。

「この子って…可愛かったんだね。」
自分を見上げる耀を 見つめてそんな事を呟いた。


浴室で濡れた椎凪に抱きつかれた祐輔…服がビショビショになり着替える羽目に…

「くそ…ビショビショだぜ…」
「祐輔…」
「あ?」

「シャワー浴びたのに 何だろ…?水浴びたみたいに身体が冷たいんだ…クシュッ!」

「…………」
アホか…こいつ…


先が思いやられる…と気分が重くなる祐輔でした。