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「え?婚約した?」
「あいつが…どうしてもって言うから…一緒に暮らし始めたんだ…」

照れ臭そうに真っ赤になりながらルイさんがオレから目を反らして 言った。
左手の薬指には婚約指輪が光ってる…


3日前だった…
珍しく慎二君たちと一緒に飲む事があって合流した。
慎二君が仕事でお世話に なってると言う美容師の人が一緒だと紹介されると…

「あーっ!!瑠惟っ!!」
「げっ!柊苹?なんであんたがっ?」

その男はそう言うなりルイさんに 飛びついた。
どうやらこれが噂のルイさんの元カレらしい…しかしルイさんの拒絶反応はスゴイ。
背はオレよりちょっと低い…中肉中背で洒落た感じの男。
口髭なんか生やしてて…確か歳はオレより2・3歳年上だったはず?

「こいつが元カレ…」
「彼氏の小日向柊苹です!! よろしく。」

「…なんか…紹介に微妙な違いがあるんだけど?」
オレは呆れて聞き返す。
「何が彼氏よ!とっくに別れたでしょ?」
「何で??あんなに 激しく愛し合ったのに!!」
「そーよっ!!あんたの愛してるの言葉に騙されてあたしは…」
ルイさんが何かを思い出す様にギュッと瞼を閉じながら苦痛に顔を 歪める。
「なのにあんたは次から次へと女の子に声掛けて…
あたしってモノがありながら…毎日毎日…」
今度は怒りで顔が歪んでる…
「だからそれは…俺の 職業じゃ仕方ないだろ?」
「それでもあたしはイヤだったのよっ!!だから別れたんでしょっ!!」
「でも浮気はしてないよっ!!
瑠惟と付き合い始めてから他の子 と『H』なんかしてないし!!」
何だか自信ありげないい訳してっけど…
「はぁ?じゃあ聞くけど今もあたしの彼氏ならあたしと会ってなかった
この3年の間誰も 相手にしなかったんでしょうね?当然よね?」
「え?……………あーうん。」
「 !!…ブチッ!! 」
無言の間が…真実を物語ってる…

「だからあんたなんか信用できないのよっ!」

「俺の事信用してくれないの?」
「誰がするかっ!!帰る!」

怒って帰って行くルイさんを追いかける 様に店を出て行った2人だったんだけど…
あの後…一体何があって…こうなるわけ?わかんねー…

あの後…結局本当はヨリを戻したかったルイさんが
柊苹さんの甘い言葉にほだされてそのままホテルに直行したのでした。


「瑠惟愛してるよ…」
「…………」
あたしは無言…とりあえずキスは拒絶せずに 相手をしてあげてる…
キスも何も…裸でベッドに一緒に入ってる時点でどんなセリフも
いい訳にもなりゃしない…何でホテルなんか入っちゃったんだろ…
柊苹があんまりにもしつこくて…メゲなくて…
可哀想だから1回くらなら付き合ってあげてもいいかな…なんて…

前と変わらない…柊苹の抱き方…
3年もしてないのに…しっかりとあたしの弱い所を攻めてくる…
柊苹の手…相変わらず暖かいくて…スベスベしてる…
仕事柄指の動きが繊細で…指だけであたしは 頭の中が真っ白になちゃう…

「瑠惟のココ久しぶり!」
柊苹があたしを攻めながらそんな事を言う…
「ココって言うなっ!!…うっ…あっ…」
まったく デリカシーってモノが無いのかっ!!この男はっ!!
でも…女の扱いは相変わらず上手い…
こっちは久しぶりなんだからもうちょっと優しく抱きなさいよね…
「あっ…柊…苹…こんな恰好…やだっ……あっ…」
「随分ウブになったな…瑠惟…」
久しぶりってバレた?なんかムカつく…
「俺と会ってなかった間…誰かと したのか?」
あたしを押し上げる速度は変えずにそんな事を聞く…
「はぁ…はぁ…誰とも…して…ない…」
目を瞑って柊苹の肩をギュッと掴みながら答えた…
「そっか!」
明らかに声のトーンが上がった。
何喜んでんのよ…ばか…
「どうせあんたは…何人も相手に…してたんでしょうけど…ね…」
リズムカルに ベッドが軋み続けてる…
もう気を張ってないと…意識がどっか行っちゃいそう…ヤバイ…
「でも愛してるのは瑠惟だけだよ…昔から…誰を抱いても…」
「んあっ!!……んっ!!」
体重を掛けられて押し上げられた…
「信じない…わよ…あんたの…愛してるは…」
そう…簡単に信じるもんですか…
「こんなに愛してるのに?」
ぎ し っ !!
大きくベッドが軋んだ!
「ああっ!!…もう…ばっ…か…柊苹はすぐ浮気するから…信じない…!!」
あたしもかなりの意地っ張りだ…でも…そう簡単に…
「どうしたら信じてくれるんだよ…」
柊苹の動きが止まる…ちょっと…いくら何でもこの状態で止める??普通…ホントバカ男っ!!
「なぁ…」
そんな顔で覗き込まないでよ…ほら…勝手に…思ってない 言葉が口から零れる…

「あたしの事…お嫁さんにしてくれたら…信じる…」

「……瑠惟…?」
「もう…いいでしょ…そんなに人の顔ジロジロ見ないでよっ!!」
きっとあたしは顔が真っ赤だ…とんでもない事口走ったのがわかる…
「あーもう無しっ!!さっきの無しっ!!」
「なんで?」
「だって…3年もブランクあるし… 上手く行くわけないからっ!!」
「大丈夫だよ…上手く行くから…」
「また嘘つく…詐欺罪で逮捕するわよ…」
「ウソじゃない…明日指輪買いに行こう…」
「柊苹…」
「お願い。瑠惟…俺と結婚して。」
「付き合ったのはたったの半年なのに…なんで…なんでそんなに簡単に言うのよ…」
「俺は半年じゃない…言っただろ?俺は ずっと瑠惟の彼氏なんだって。
チャンと繋がってただろ?俺達…」
「柊苹…」
あたしは心臓がドキドキ…やだ…こんな奴だったっけ?柊苹って…
何だか輝いて見えるのは目の錯覚?
「今も繋がってるけどな。」
柊苹が意味ありげにニッコリ笑う…カッチーーーン!!
「もう最低っ!!ムード台無し じゃないよーーーっっ!!柊苹のおバ…ンッあっ!!!」
急に柊苹が動き出して身体がビクンと跳ねた。
「これからは喋ってると舌噛むぞ。瑠惟…朝までじっくり 愛し合おうな。」
「ホント…あんたってバカッ!!」

そんな事を言ったあたしだけど…
今度は自分から柊苹に抱きついて深い深いキスをした…
本当は涙が出るくらい…嬉しかったんだ…


婚約か…と言う事はいずれは結婚するって事か…?あのルイさんがねぇ…ん…?
そんな事を思いつつハタと気付く!婚約?結婚?…待てよ?

もしかして…それってオレも可能か?

今まで考えた事なんて無かった…結婚?オレと耀くんが?
以前は一緒にいれればそれだけで良かった…
でも…今は 耀くんはれっきとした女の子で生活してる訳だし…法律上も何も問題無い訳だし…

えーー 結婚 !?

オレは一人で焦りまくっていた…
夕飯の支度を しながらも頭の中ではそんな事を考える…
耀くんはどう思ってるんだろう…きっと考えた事なんて無いだろうな…
オレだって今日気が付いたんだから…しかし…
どうやって切り出したもんか…
それにそんな事考えて無いなんて言われたら…どうしよう…オレきっと立ち直れない…

きっと耀くんから見るとオレはブツブツと ひとり言を言っていたに違いない…
「どうしたの?椎凪?何ブツブツ言ってるの?」
「おわっ!!びっくりした…な…なんでも無い…よ…はは…」
…やっぱ…言えねーーーー

一度考え出すともうその事しか考えられなくなる…
ベッドでオレを見上げる耀くんを見ても頭の中は「結婚」の二文字が離れない…

オレの考えてる事…耀くん…わかってくれないかなぁ…耀くんから…聞いて来ないかなぁ…
耀くんの身体中を舌を這わせながら思っていた…
耀くん何で分かってくれ ないの…気付いてよ…
そんな事…分かる筈無いのに…分かってくれない耀くんに八つ当たりをした…

「あ…椎凪…いや…そこは…嫌だ…やめっ…あうっ…や…」
耀くんがここを舌で攻められるのが嫌なのを知ってて…ワザと攻め続けた…
段々…オレを押さえる腕の力が弱まってくる…
「あ…あ…椎凪…お願い…やめ…て… ああっ…」
オレを感じて後ろに耀くんがのけ反る…その耀くんを無理矢理引き起こして抱きかかえた…
「ああっ…うっ…あっ…」
耀くんの身体の奥でオレを 感じてるはず…ごめんね…耀くん…オレ…
「耀くん…耀くん聞いて…」
「……あ…」
オレは攻める事を止めずに耀くんに話しかける…
耀くんはオレが 動く度オレの肩を掴んだ両手に力が入って…
きつく目を閉じたままオレにしがみついている…

「耀くん…オレの事…好き?いつも一緒に…いたい?いつまでも オレと…いたい?」
「……ハァ…ハァ…あ…うっく…」
凄い乱れて…感じすぎて…オレの声…聞えてないのか…
ベッドに押し倒してオレの体重をかけて 耀くんを攻めた…
「ああっ…椎…凪…だめっ…これ以上…したら…オレ…変になる…
全部…変になっちゃう…椎凪っ!!やっ… 」

「ねぇ…耀くん… オレと…結婚…したい?ねぇ…耀くん…」

「あっあっあっあっあああっっ……」

オレの声は…耀くんに届いたかな…オレって本当にズルいんだ…

しばらく耀くんは動けずにいる…閉じている瞼から…涙が零れてる…
オレって…最低…思いっきり落ち込んだ…ホントごめん…
でも…自分がこんなに臆病だとは 思わなかった…
いつもみたいに…「愛してる」って言うのと同じ様に「結婚しよう」って言えばいいんだ…
なのに…何で言えない?
!…そうか…これって… もしかして…もしかしなくても…プロポーズなのか!?

えー?プロポーズ??オレが?耀くんに?

いきなり納得した!
わぁーっ!そんな大事な事「H」 しながら…
しかも強引に…一方的に攻めまくってる最中に言う事かぁ…
うーーーヤバイ!

オレが一人でのた打ち回っていると
「椎凪…オレと…結婚… したいの…?」
耀くんが疲れた声で聞いてきた…やべっ!聞えてたんだっ!!
「!…耀くん…オレが言ってたの…分かってたの?」
「んー…ちょっとだけ…でも…今椎凪がひとり 言で言ってたから…」
ーーーー!!オレのバカっ!!声に出してたのかぁ…!!!

「あ…あのね…耀くん…」
こうなったら言うしかない!
「あの…」
「じゃあ…明日右京さんの所に行こう…」
「へ?右京君の所…?なんで?」
「オレ…言われてるんだ…もし椎凪がオレと結婚したいって言ったら
連れて来な さいって。」
「ええー?そうなの?うそ…」

右京君めぇ…どんだけ耀くんの事…操ってんだよぉ…くそぉ…

次の日オレは渋々重い足取りで右京君の 所に向かった。
いつもの大きな応接間に通され右京君が入って来る。

「…結婚したいんだって?」

思いっきり不機嫌な顔で切り出された。
「あ…あのさ…確かに親代わりかもしれないけどここまで右京君に
話し通さなくても良いんじゃないかなって思うんだけどさ…」
オレは思ってる事を言ってみた。

「あー…君に言ってなかったっけね…
先日正式に耀は僕の娘になったんだよ。養子縁組をしてね。」

「………?…え?…」

言ってる意味がわかんねー…?
「なんだいその顔は?だから耀は本当に僕の娘になったと言ってるんだよ。
結婚の許しを僕に貰いに来るのは当然だろ。」
オレ様的な態度と顔でオレにそう言った。
「ええっ!?なんで?いつの間にそんな事になちゃったの?ええ?」
オレはビックリして喚いた。
「うるさいな君は。この前の旅行の時耀と2人で耀の実の親の 所に行って来たんだよ。
ちゃんと話し合って耀が決めたんだ。」
「え?…耀くん…」
「あ…黙っててごめんね。椎凪…
右京さんが椎凪には自分が言う からって…言われてて…
オレ…本当の親の記憶って…殆んど無いんだ…オレの記憶の中の父親と母親は
右京さんと死んだお母さんだけ…それに…おれ…2人を許せない…
だから…決めたの…」
ちょっとだけ辛そうに話す耀くん…
そう言えば治療で子供に戻した時父親の記憶は殆んど無かったって言ってたな…
「でも…良く承諾してくれたよね…」
オレは当然の疑問を口にした。

「君!僕を誰だと思ってるの?草g家55代当主草g右京だよ。
僕が決めた事に何か 問題あるのかい?」

……それで問題なく話が進むわけ?前から娘だって言ってはいたけど…
まさか本当にここまでするとは…
オレは半ば呆れたのと… 改めて草g家の力って凄いんだと思い知らされた…

「そう言う事だから今住んでいるあの部屋も実の父親名義だから
今週中にでも別な場所に引っ越ししたまえ。」
「えっ?引っ越し?」
「前の親の持ち物に住んでるなんて僕が許さないよ。何処に住みたい?」
「え?そんな事…急に言われても…」
「新城君と同じマンション はどうだい?耀。同じフロアなんかいいんじゃないかな?」
「え…本当ですか?耀それなら嬉しいな。」
「え?でもあそこ空いてる部屋無かったんじゃ…」


それからのオレと耀くんの生活は目まぐるしかった…
今までのマンションを引き払って祐輔と同じマンションの同じフロアに引っ越した。
しかもお向かいさんだ。 今までの所より倍以上は広い。
家具も全部用意されてた…
ベッドもキングサイズで2人で寝ても…激しく愛し合っても全然平気。(やっぱりこれ重要でしょ。)
確かに誰か住んでたと思うのに…右京君の力は凄い…流石草g家…
ただ…オレとしては…そんな事より一番重要な事がある。
あの後右京君に言われた…

「結婚はね耀が大学を出るまで考えていないよ。
でもその前に耀と結婚したいなら僕と慎二君を納得させてからだよ。」

「ええーーーっ!?慎二君までっ?」
絶対すぐOKなんてしてくれないよ…きっと…そんな気がする…
「僕としては今の段階じゃ絶対許さないけどね!!」
 … ズ ド ッ !!
…っとその言葉がオレに突き刺さった…
絶対許す気なんてないんだろ?右京君…くそぉ…

右京君の所からの帰り道…
「椎凪…色々黙っててごめんね…
オレの事…イヤになっちゃった…?オレの事…嫌いになっちゃった?」
耀くんが本当に申し訳なさそうに…不安で今にも泣きそうな顔でオレを見上げて言う…
ここでオレが怒ったら…耀くんはオレと右京君の間で板ばさみになって…辛くなってしまう…
まあ…怒る気なんてサラサラ無いんだけどさ。
「嫌いになんかなる訳 ないでしょ?気にしてないって言ったら嘘になるけど…
なんせ右京君が義理のお父さんになるって事だもんね…結構プレッシャーかもね…
でも…右京君に耀くんを 女の子に戻して欲しいって頼んだのオレだから…仕方ないよ…
右京君が耀くんの事大事に思うのはさ…オレもそれは嬉しいと思ってるし…
だから泣かないで…耀くん…」
そう言って耀くんに優しくキスをした…
「うん…ありがと…椎凪。」

オレと耀くんはお互いの手を強く握りあって帰った…
帰り道…ふと気が付いた…
オレは耀くんに何も言っていないのに結婚前提って決まってるのか?
右京君もオレが耀くんに結婚申し込んだって思ってるよな…
でも…オレはっきり言ってないぞ… まだ正式に申し込んでない…
でも…今の状況で言うのも…何かなぁ…
仕方ない…もう少し…時期を見て…ちゃんと申し込むか…
なんて改めて思うと… わぁーーーすげぇ緊張する…オレ…ちゃんと言えるのかな…

しかしこの後…タイミングを逃し当分の間何も言えない椎凪でした。


祐輔に右京と慎二の 許しが無いと結婚出来ないと愚痴をこぼす椎凪。

「んなの子供作っちまえば簡単なんじゃねーの?」
祐輔が人事の様に言う…確かに人事だけどさ…

「何言ってんの祐輔!!そんな事したら一生何言われるかわからないだろっ!!」

オレは2人に責められてる自分が安易に想像できた。
「じゃどーすんだよ… 悲惨だな…お前。」
祐輔がもの凄い哀れんだ眼差しでオレを見た!!
「あ!何?その人を哀れんだ様な目はっ!!見捨てないでよっ!祐輔っ!」
そう言いながら祐輔にしがみ付く…いつもの事だ。

……あーウゼェのが…引っ越して来やがったな…

ウンザリした眼差しで祐輔がオレを見てたなんて… オレは全く気が付かなかった…