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「なんだ?これ?」
「何ってあたしの学校の文化祭の入場券!」

いつもの如く朝の出勤前に彩夏に捕まった。
しかも勿体つけてピラピラと小さな紙をオレの 目の前にチラつかせる…

「いらねー。」
無視してスタスタと先に歩く。
「ちょっと!!!何勿体無い事言ってんのよっ!!超レアなんだよ!!
うちの学校 金に物言わせて人気の歌手呼んでライブやるんだから!!」
「威張んな!」
「別に威張ってなんかないじゃんっ!!それが売りなんだもん!
それに有名な パテェシエも来て超美味しいデザートも食べ捲くりなんだよ!」
「………ピクッ!!」
「あ!反応した!!興味湧いた?ねぇねぇ??椎凪?」
嬉しそうに覗き 込まれた。

しまった…デザートと聞いて思わず耀くんに食べさせてあげたい…
なんて思ったら身体が反応してしてしまった…

「この入場券無いと身内 でも入れないんだから。だから渡しとくから絶対に来てよね!
出来れば彼女さん連れて!これ1枚で5人までOKだから。」
「割引券かよ?…行かないって!」
「来てよ!あたし実行委員になってるから!絶対来て!!絶対だよ!!」

まったく耀くんに会わせろってうるさいったらありゃしない…誰が会わせるかって言うの…
行かないといってるオレのシャツのポケットに無理矢理チケットを捻じ込んで
彩夏は学校へと向かう曲がり角をオレに手を振りながら走って行った。


「何ニヤニヤしてんのよ?彩夏!」
教室の自分の席でニヤケてたら声を掛けられた。
「え?椎凪にさ文化祭のチケット渡したんだぁ。」
無理矢理だけど。
「あー同じマンションの人だっけ?」
「そう!超イケメンの優しい人なんだぁンフフ。」
「彼女いるんでしょ?」
「いるけどいいの。彼女のいる椎凪がスキ なんだもん。」
「変なのぉ…虚しいだけじゃん。」
「そんな事ないよ…会ってみればわかるよ…それでもいいんだもん。」

そう椎凪は不思議なんだよね…
傍にいるだけで何だか暖かい気持ちになる…でも何でだかすぐわかったよ…
椎凪には好きな人がいるから…その人の事が好きな気持ちがあたしまで
幸せな気持ちに してくれるんだって…
だから椎凪には彼女さんが必要で…
ううん椎凪にはあの人がいなくちゃいけないんだよね…

「けっ!何甘ちょろい事言ってんだよ。
そんなの金に物言わせて言う事聞かせちまえばいいんだよ。
今の世の中金さえあればどんな事だってできんだぜ?ばっかじゃねーの?」
「森下…」

嫌な奴が 来た…
こいつは森下裕二…金持ちなのを鼻にかけてる嫌な奴。
今時そんなの流行んないって…でもそんなのに引っかかる娘も
いるんだよね…遊ばれてさ…
しかもちょっとヤバイ仲間ともつるんでるって噂だし…
退学にならないのも親のコネと金に物言わせてるってもっぱらの噂。
だからコイツとは関わり合いたくないん だよね…話しかけて来ないで欲しいんですけど…
折角椎凪との甘い想い出に浸ってたのにさ…お邪魔虫めっ!!

「俺なら金使って相手の女どうにかしてでも自分 のモノにするね!」
自信満々の顔であたしを見ながらそう言った。
「そんな風にして付き合ったって意味無いじゃん。それで満足なの?あんた?」
軽蔑の眼差し で見てやった。
「……と…とにかく自分のモノにしちまえばいいんだよ。何かあれば親が出てそれまでだ。」
ニヤッっと笑った…ヤな顔…中にはいるんだよね… こう言う奴…
あたしは絶対こんな奴には引っかからないぞっ!

そう心の中で決意して椎凪の顔を想い出していた。



「何ですか?それ?」

慎二君の部屋のソファに座りながら
今朝彩夏からもらった文化祭のチケットを眺めていた。

「貰ったんだけどさ…高校の文化祭なんてお子ちゃまばっかでしょ?
でも行かなかったらくれた子が煩そうでさ…」
彩夏の事だ一生ギャンギャンと文句言われそうだ…
「この高校…お金持ちの子が行く有名な学校じゃないですか?」
「知ってるの慎二君?」
「はい。知り合いのお子さんが通ってる人結構いますよ。
ここ色んな行事にお金かけてるみたいですし…マスコミにも関心持たれてて…」
「へぇ…金持ちのやることはわかんないや…」
「確か今売り出し中の『矢井田 茜』ちゃんが今年ここでライブやるんじゃ
なかったでしたっけ?」
「あ!本当だ書いてある…良く知ってるね?慎二君…」
相変わらずそう言う情報は得意だ。

矢井田茜って子は今若い子の間で人気のあるタレント。
バラエティもこなすし歌も上手くて何枚か出してるCDは常にトップに入る。

「だって彼女うちのお得意さんですもん。ブログなんかでも『TAKERU』の事
紹介してくれてるんで助かってるんですよ。何だ丁度よかったな。」
「え?」
「実はですね…」
慎二君がニッコリと満面の笑みでオレに近付いてくる…
そう言う時は絶対に何か企んでる…
「…な…何?」
「今日椎凪さんに来てもらったのは…」
「…うん…」
そう話があるって呼ばれたんだよな…何だよ……
「当日彼女の事エスコートしてもらえません?」
「はぁ?何それ?」
オレはわけがわかんなくて目が点!
「実は彼女祐輔と椎凪さんのファンなんですよ。 2人共ポスター位しか出ないから
彼女も気になるらしくって。で!今回ライブを兼ねて1日文化祭に参加するんですけど
椎凪さんに一緒に廻って貰えないかなぁ… って。」
「えー?何でオレ?」
「本当は祐輔もって事だったんですけど祐輔あの通り嫌がちゃって…
椎凪さんも一緒にって言う事なら祐輔も行ってくれるか なぁって…
彼女にはホントお世話になってるし…楽しみにしてるんですよ。
ちょっとの時間でいいんで…ね?お願いします。仕事だと思って。」
「えーー… 面倒い…オレそう言うの興味ないし…」

冗談じゃない…なんでオレがそんな事しなくちゃいけないんだって。
オレは思いっきり不貞腐れた顔をしてただろう… おまけに態度も…
そしたらいきなり慎二君が話題を変えた。

「耀君最近随分女の子らしくなりましたね…やっぱりもとは女の子ですもんね…
戻れて良かった ですよね…右京さんがいてくれたお陰ですよね…
僕からもお願いしたからかな…ま!一番は椎凪さんが決断したからなんですけど…
椎凪さん1人じゃ今頃どうなって ましたかね…」

「やらせていただきます!!」

くそっ!言わされた!!




「え?来てくれるの?」
「ああ…」
仕方なくな…
「嬉しいっ!!彼女さんも??」
「オレ1人。」
「ええーーー!!ぶーーー!!椎凪のケチ!」
「ウルサイ!それに行くって言っても仕事だから。お前の事 構ってられないかんな。」
「え?仕事?仕事って?」
「来るだろ?矢井田茜…そいつの護衛…みたいな感じ…」
「ええーーー!?」
まあそんなもんだろ? 一緒に行動するんだから…気が重いけど…
「じゃあ一緒にいれるよ!あたしも彼女担当だから!」
「うげっ!!…な…マジかよ…」
「うん。やったぁ!! やっぱあたし達赤い糸で繋がってるんだよ。うれしーっっ!!」
「繋がってないって…」

オレと繋がってるのは耀くんだっての…
でもそれって… ヤバイんじゃないか?…まいった…更に気分が重くなった。


「じゃあこちらの控え室使って下さい。」

文化祭当日…メインの矢井田茜がやって来た。
周りはもうソワソワワクワク…有名な人だもんね…当然と言えば当然だけど…
あたしはそんな事より…椎凪…椎凪は??
護衛って言ってたから何処かにいるはず… でも…いない…

順調にプログラムがこなされていく…矢井田茜のライブももうすぐ始まる…
思わず探しに来ちゃった…控え室にはいないから…でも近くにいる かと思って…
控え室に繋がる通路で物音がする…なんだろうと思って覗くと…あれは…森下?
なんでアイツがこんな所に?しかも他の実行委員の子ともめてる…
って言うか森下は仲間らしき男の子を何人か連れてるし…

「どうしたんですか?」
思わず声を掛けた。
「部外者は立ち入り禁止って言ってるのにこの人達が…」
「森下…」
「いいだろ?俺彼女のファンなんだよ。一緒に写真撮るくらいいいだろうが?ああ?」
「何言ってんの?そんなのダメに決まってるじゃん。 それにあんたそれが目的じゃないんでしょ?
何?邪魔しに来たの?」
でなきゃこんな大人数で来るわけない…嫌な予感が頭を過ぎった。
「へへ…当たり! お前実行委員だったんだな?
この前は俺に偉そうな事言ってくれたお礼しようと思ってよ。」
「遠慮しとくよ…そんなお礼なんていらないから今すぐここから 出てって!人呼ぶよ。」
「呼んでみろよ。そいつらごと片付けてやる。」
「こんな事してタダで済むと思ってるの?矢井田茜の事務所からだってクレームつくし
事件になったらマスコミだって騒ぎ立てるんだから。」
起こりうるありとあらゆる事を言った。
それで止めてくれると思ったから…でもやっぱりコイツはバカ野郎 だった。

「こんなの親父に頼めばなかった事になるんだよ!
おい!お前らまずはこいつから思い知らせてやれ」
「 !! 」
ちょっと!何?こいつ!! か弱い女子に暴力振るおうっての??やっぱコイツ最低だ!!!

森下と一緒にいた男達が一歩前に出た。
「何よあんた達!こんな奴の言う事聞くわけ?男として プライドってモン無いの!!」
「こいつらはプライドを金に換えたんだよ。それなりにいい思いしてんのさ。
だから言ったろ?世の中金だって!彩夏ちゃん。」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶなっ!!」
まったく!椎凪の爪の垢飲ませてやりたいよっ!!
「そんな強気でいられんのも今のウチだけだ!やれ!」
「ド カ ッ !!」
「ぐえっ!!」
「…な?」
「…え?」

近寄ってきた男の1人があたしの横を飛んで行った…なんで?

「祐輔…いきなり 蹴り入れるの無しだってば…」
…え?この声って…
「先手必勝!こんな奴らに情けなんかかけたら反撃食らうぞ椎凪。」
やっぱり…椎凪!!ってこの人誰?
蹴りを入れた人は…見た事ない人で…肩まで伸びた髪に椎凪とは違ういい感じの人…
「だからって後ろからは卑怯だろ?」
「こんな奴らに卑怯なんて有りだろ?」
「まぁ女の子に男4人なんてね…後ろからの蹴りより卑怯だもんな?クソガキ共…」
「え?…椎…凪??うそ…」

喋ってるのは確かに椎凪だ…でも…でも…
長い薄茶色の髪に…青い瞳…ウソ…この人が椎凪?

「何ボケッとしてんだよ。彩夏こっち来い。」
「!…椎凪!!椎凪!!」
やっぱり椎凪だ!あたしはガバッと椎凪に飛びついた。
「いやん。やっぱり赤い糸だね!!」
「だから違うって…」
もの凄いウンザリした顔…でも今のあたしにはそんなの気にもならないっ!!
「なんだ?椎凪援交か?」
「いやですね…遂に犯罪者ですか?」
「違うからっ!!」

「…くそ…何だお前ら…」
森下がビビッてる。ざまあみろっ!!
「あれ?あなた森下さんの 所の息子さんじゃないですか?」
「え?慎二君知ってるの?このクソガキ!」
「はい。いっつもお父さんに自分がやった後始末してもらってるんですよね?
そう言えばこの前も傷害事件起こして警察沙汰になるのを
お父さんに頼んで揉み消して貰ったんですよね?上手くいきました?」
「…な…何でそんな事あんたが 知ってんだよ…」
「え?はーイヤだな…これだから社長のバカ息子は嫌なんですよ…」
心底呆れてる溜息と言い方だった。
慎二君はバカな子(学力じゃなくて)と 女にだらしのない子は大嫌いだから…
「少しは勉強したらどうです? この世界じゃいい噂の種なんですよ?あなたの事は…
きっとあなたのお父さんの会社もあなたの代になったら何処からも相手に
されないでしょうね…みんな見て ますよ?あなたの事…」
「…………」
「この事はお父さんにも報告しておきます。まあ自分でも言うんでしょうけど…
彼女…茜ちゃん僕の知り合いなんで… その子に何かしようとするなんて…
僕頭にきましたら…その事もちゃんと伝えておきますね。
もう行ったらどうです?今なら痛い目もみなくて済むし恥もこれ以上 掻かなくて
済みますよ?どうしてもって言うなら子供でも手加減しないこの人が
相手しますけど?」
そう言って最初に背中から蹴りを入れた人に目線だけを送る。
確かに手加減しなさそうだ…目が違うしヤル気満々っぽい…


森下達は渋々と引き上げて行った。
大した騒ぎにもならずに済んで良かった。

「気が強いのも程ほどにしとけよ彩夏。」
「だってヤな奴なんだもん!」
「心意気は認めますけど何か遭ってからじゃ遅いですから
これからは気をつけた方が いいですよ。」
森下をいさめた礼儀正しそうなお兄さんがニッコリと
微笑んで言ってくれた…
この人もナカナカのハンサムさん…さっきの手の早いお兄さんも だけど…

「それにしても椎凪どしたの?その恰好?」
ホントパッと見誰だかわかんなかった。
「え?ああ…まぁ…ちょっと…」
「…でも… どっかで会った事ある気がする…」
そう言ってマジマジと顔を覗き込まれた。
「近いって…」
ヤバイ…
「あーーー!!『TAKERU』のポスターに出てた 人だ!!」
「指さすな!!指をっ!!」
思いっきり指さされて叫ばれた。
「あ!こっちの人もそうだっ!!え?うそ?椎凪だったの?あのポスターの人!!」
「え?うそ?」
「本当に?」
その場にいた他の委員の子達も椎凪達に寄って来た。
「あー…」
遂にバレたか…結構見てるもんなんだな…
「この事は くれぐれも内密にお願いしますね?じゃないともう二度と
この人達のポスター見れなくなっちゃいますから。ね?内緒。」
そう言って自分の口に人差し指を当てて シッてするとウィンクされた。
きゃーなかなかイヤミさも無くて…爽やかな笑顔…
「ホントに内緒だぞ?彩夏。じゃなきゃお前との付き合いもこれまでだ。」
「え!?…うん!わかった!!2人だけの秘密ね!!」
「いや…2人だけじゃないだろうが…」
そう言いつつも彩夏の瞳はもう浮かれ捲くってた…まったく…
「君達もお願いね?助けると思って。」
そう言っていつもの人懐っこい飛びっきりの作り笑顔を彼女達にも向けた。
「 「 はいっ!! 」 」
どうやらお願い は聞き入れられたらしい…良かった。


その後の矢井田茜のライブは大成功!
しかも矢井田茜と『TAKERU』のモデルさんが一緒に校内を廻ったもん だから
その場にいた人の興奮も最高潮!
今までに無い盛り上がりだったって3年の先輩達が言ってた。

今日は本当にビックリしたけどまた一つ椎凪の魅力 発見出来て
あたしは大満足!!
後は彼女さんを紹介してもらうだけだ!!
一体いつのになったら紹介してくれるんだろう…
減る減るって一向に会わせてくれる 気配が無い…
まぁ仕方ないから気長に待とうかな…

今日はこのサプライズで我慢してあげるよ椎凪。