2話:由貴&遼平 お買い物はひと波乱の巻











私は今、惇哉さんじゃない男の人と一緒にいる……。

あまり人のことに興味を示さないタイプって聞いていたはずなのだけど…
どこが? って思うほど… 

なんと彼は……惇哉さんが憑依しているとしか思えないほど私に対して過保護だった。





ちょっとでも物を持ち上げようとしようものなら
即座に取り上げられ…。

店に入るたびに1センチにも満たない

扉の段差でさえも手を差し出される。
 


それって…ちょっと困ってしまう……。








背後で私を監視している彼…遼平くんをちらりと見上げた。

「いいの見つかりました?」
「いえ…まだ…」
「あんまり長時間立ちっ放しはダメなんじゃないですか? そろそろ休憩…」
「さっきも休憩したばかりじゃない…」
「あのね由貴さん。俺、今日は惇哉さんから頼まれてるんですよ。
無理させるわけにいかないじゃないですか」

「…………」


確かに立ち通しはあまり良くないのかもしれないけど…
1時間置きに休憩ってちょっとやりすぎなんじゃ…。

いい子なんだけど…今ちょっとだけ瑛未ちゃんの将来が不安になってしまった。

他人の私にでさえこんなに過保護なんだから、瑛未ちゃんにはもっとなんでしょうね…。
 

気付かれないようにこっそりため息をつき、
目の前にあったキーケースを持ち上げ……ようとして遼平くんを見上げた。

彼はにこりと微笑んでそれを持ち上げる。


「惇哉さんっぽい。これにします?」
「お財布とどっちがいいかしらね?」
「うーん…俺はこっちのほうが好きですけど。違う店も行ってみますか?」


せっかくの提案だけど、これ以上長引いたら休憩も増えそうだし…
周りの目もちょっと気になってきた。

彼は全く気にしていない様子で微笑んだまま私を見下ろして返事を待っている。

「いいわ。これにする」
「じゃあ早く買って休憩…」
「次は瑛未ちゃんへのプレゼントでしょ?」
「あー…瑛未はいいです。その辺で買えば…」
「ダメっ!!」


思わず声をあげた。

だってクリスマスなのに……って余計なお世話かもしれないけど…。

ちょっとビックリした顔の遼平くんからお財布を抜き取って背を向けて歩いた。

遼平くんに…って思ってさっき目を付けていたストラップも手に取ってレジに向かう。
大慌てで追いかけてきたけど…これ以上過保護にされると困る。


だって本当に惇哉さんと一緒にいる時と変わらない過保護さなんだもの! 

 
キレイにラッピングしてもらったプレゼントを抱え、
不満顔の遼平くんを引っ張って店の外に出た。

そういえば遼平くん、瑛未ちゃんに何を買ってあげるのかしら? 
聞いてみると遼平くんは困ったような顔で笑う。


「何も考えてないんですよね…あいつ、物欲ないし。しかも変な物買うんですよ」
「変な物?」
「そう。例えば…あれ」

遼平くんが指差した方向に視線を移して顔が引き攣った! 

「…ね? アレのどの辺が購買意欲掻き立てるのかわからないでしょ?」

た…確かに…。
私の視線を釘付けにしているのはサンタの衣装やトナカイの衣装。

「あれって…この時期しか活躍しないわよね?」
「そうでしょうね。でもあいつは年中部屋で着用していると思いますよ? 
サンタごっこ。ウケ狙いだとしても寒すぎる…」

くっと笑った遼平くんはきっと瑛未ちゃんのことを思い出したのだと思う。
口では馬鹿にしているけど…。

思わず私まで頬が緩んだ。


「由貴さん。ウザイと思いますけどやっぱりちょっと休憩しましょう。
おなか、大丈夫ですか?」
「うん…平気…じゃあちょっとだけ。
もう少ししたら惇哉さんも瑛未ちゃんもお仕事終わる時間でしょう?」
「そっか。あいつ、惇哉さんと一緒のCMだってすげぇ自慢してたんですよね」
「瑛未ちゃん、惇哉さんのこと大好きだって言っていたわね」
「ねー…。俺にも言ってました。世界一大好きだーって叫んでましたよ、うちの窓から。馬鹿でしょ?」
「素直でいいじゃないの。あ…もしかしてヤキモチ?」


冗談半分で言ったら、遼平くんはくすりと笑って私を見下ろす。

すごくわかりづらいけど…きっとちょっとだけ妬いてるんだなって思った。

でも瑛未ちゃん、私に連絡をくれるときっていつも遼平くんが中心なのよね。
今日初めて遼平くんとふたりきりになってわかったけど、
なんだか似た者同士でちょっと可笑しい。

アホだの馬鹿だの言いながら同じように思い合っていて可愛いなって思った。
 


遼平くんに促されて入ったカフェで、ハーブティーをご馳走になった。

自分で払うって言ったら、瑛未ちゃんの保育料だと言われてちょっと笑う。
お礼を言って窓際の席に腰を下ろすとやっぱりちょっと疲れていたみたいで少しホッとした。
 

「惇哉さん、俺より過保護でしょう?」
「そうね…でも同じくらい休憩ばかり勧められたかしら」
「やっぱり? 前にちらっと話し聞いたんですけど、
レンジさん、口開けたままでしたもん」
 
可笑しそうに笑ってカップに口をつけ、ウマイと呟く。

私に合わせてくれたのか、遼平くんもハーブティーだ。
 
「でも聞いていて気持ちいいくらい由貴さんのこと大事にしてますよね」
「そうね…それはそう感じてるんだけど…もう少しオブラートに包んでくれると
こっちももうちょっとは素直になれるのでしょうけどね…」

結婚してからも今までと全く変わらない愛情を貰ってるって思うし、
どんなに忙しくても私のことを最優先でいてくれる。
そこが惇哉さんのすごいところだって思ってる。

でも周りの人から聞かされると嬉しいけどちょっと恥ずかしいかも…。
何処でどんな事言ってるのかちょっと不安もある…
 
何となくカップを弄んでいると、ポンッと肩を叩かれた。

振り返って見上げた先にいた男の人は、私の知らない人…誰?。
ニヤニヤと私を見下ろして、ちらりと遼平くんに視線を移した。
 

「あっれー? お姉さんって楠惇哉の奥さんだよね?」
「あ! やっぱ近くで見たらそうじゃん! あの公開プロポーズの時の顔とおんなじ!」

「……え?」
 
時々今更の様にあの時の事を持ち出される事がある…
未だにインターネットの動画サイトで見られるらしいし…
大体が惇哉さんの新しいドラマやCMなんかが入ると検索されて
そんなモノまで掘り起こされるんだと思う…

だからこんな人達にの目にも留まってしまうんだろう…
 
「何? 若い男と浮気?」
「近くで見るとキレーだね、お姉さん。若い男が良いなら俺らとも一緒に遊ぼーよ♪」

「あ…あの…」
 
どうしよう…これはどう断ったらいいのかしら…
 

「あれ。俺、こいつ知ってる。確かこーこーせーだよなー?」

「どうも」
 

遼平くんはにこりと微笑んで彼らを見上げた。

その瞬間何となく…空気が変わったような気がするのは気のせい? 

惇哉さんに迷惑をかけちゃいけないし、とにかくここは騒ぎにしちゃいけないと思って
慌てて立ち上がろうとした私の肩を彼らが押さえつけた! 


え!? 何? どうして?…寒い。

何だか急にこの場所の雰囲気が寒く感じる? 
 
不安になって遼平くんを見上げたら…
今私の目の前にいる遼平くんが別の人に変わったのかと思った。

怖いと思った。
だってさっきまでの遼平くんじゃないもの…別人が隣にいるみたい!! 

ニコニコしているのに…全然笑っているように見えないのは俳優だから? 
それとも怒っている? 演技? 
 

「おにーさん。惇哉さんの奥さんだってわかってるんなら手、離してくれます?」
「いいじゃん。楠惇哉、今ここにいねぇし」
「だからその惇哉さんの代わりに俺がいるんですよねぇ。手、離してくれますかね」
 

ニッコリ微笑んで、遼平くんは静かに立ち上がって彼らを見下ろした。

遼平くんは私に背中を向けてしまったからよくわからないけど、
彼らはヒクリと頬を引き攣らせ、変な笑みを浮かべて去っていった……。


私はちょっとドキドキしてたけど…
振り返った遼平くんはいつもと変わらない笑顔でホッとする。

さっきのは一体何だったんだろう…。
惇哉さんが「石原」になるときと同じような…。


遼平くんも今、ああいう役を演じているのかしら? 

 
「ごめんね、由貴さん。時々変なやついるんだよね、ああやって」
「うん…ありがとう…」
「おなか、平気?」
「ちょっとビックリしたけど平気…」
「よかった…。ホラ、俺今喧嘩とかするとヤバイから。大人しく下がってくれてよかった」

 
短気なんですよねー俺って、とにこりと笑った遼平くんは短気そうには見えないのだけど…。

惇哉さんと一緒にいるときには絶対にない、変な緊張感を味わったような気がした…。
 


カフェを出てすぐ傍にあったアクセサリーショップが目に付いて、さり気なく遼平くんを誘った。
きっと何か買おうとは思っているのだろうけど、
私を連れ回すのが嫌で選ばないのかなって思ったから。

私も瑛未ちゃんに何か買いたい。

半分無理矢理お店に引っ張って、店員さんに遼平くんを預けて私もプレゼントを選んだ。
途中で一度だけ遼平くんを見たけど、ちゃんと選んでいるみたいで安心した。

ちょっと失礼だけど…意地っ張りな弟を叱咤する姉になった気分…ふふ…。

そうだ。智匱くんはちゃんと鳥越さんにプレゼント買ったのかしら…。

ぼんやりしていると私を呼ぶ声が聞こえて慌てて店内を見渡すと遼平くんが手招きしている。
走ろうとした私を咎めるような視線に、素直に歩を緩める…。

 
「どうしたの?」
「由貴さん、これどっちが好き?」
 
目の前に差し出されたのは雪の結晶のモチーフに小さな石がついたストップだった。
石の色が違う以外は同じそれを見て、何となく淡いピンク色を指差した。
 
「了解。こっちですね」
 
遼平くんはにこりと笑ってストラップを引っ込める。
 
「今の…もしかして私に?」
「クリスマスだし。惇哉さんにはさっき買ったから」
「いいのに!!」
「買い物、付き合ってもらったお礼です。あとで惇哉さんと一緒に渡しますね」
 
有無を言わせない笑みを向けられて黙った隙にレジに行ってしまった。
今日はクリスマス・イヴだから、せっかくの気持ち、受け取らせてもらおう。
瑛未ちゃんに似合いそうなピアスを見つけて可愛くラッピングしてもらい、今日の買い物は終わった。
 

あとはこれから家に帰って、惇哉さんたちが帰ってくるまでにお料理を作るだけ。

なんだけど…でも遼平くん…大人しく作らせてくれるかしら…。



今日のあの遼平くんの行動を思い返すと…ちょっと心配な気持ちがよぎらなくもない……。