4話:由貴&遼平 お料理もひと波乱の巻











なんとか無事に買い物を終え、マンションに戻ってきたのはいいのだけれど……。


「由貴さん、手伝います」
「え…いや……」
「って言うか、何作るんでしたっけ?」


遼平くんはにっこり微笑んで小首を傾げた。
えっと…彼は料理とかできるのかしら? 

座っててとか言ったら傷つける?? 


「じゃあ…お野菜洗ってもらえる?」
「了解ですー」


遼平くんはジャケットを脱いでイスにかけると、腕まくりをして手を洗った。
冷蔵庫から取り出したばかりの野菜を手渡し、こっそり盗み見る。
レタスを茎から外して根元まで丁寧に洗っている姿にちょっと驚いた。


「遼平くんってお料理できるの?」
「あー…親父が喫茶店経営してるんですよ。カフェじゃなくて喫茶店。
時々手伝わされていたんで、小学生でもできる簡単なことくらいなら」
「へぇ…」


意外だと思ったことは秘密。

私が知っている遼平くんの姿なんて、惇哉さんや瑛未ちゃんから聞いたことくらいしかわからない。
慣れた手つきで野菜の水気をきるのを見て、今日は少し手伝ってもらおうと思った。


「キッシュにしようかと思ってたんだけど生地とか作れる?」
「分量を教えてもらえれば。っていうか由貴さん、体、大丈夫ですか?」
「食事の用意くらいは経過順調の妊婦さんならできるのよ…?」
「そっか…俺きっと今由貴さんから聞いてなかったら瑛未のこと寝たきりにさせるところだった」


照れたように笑う遼平くんを見て可愛いなって思った。
あら? 今瑛未ちゃんにとって余計なこと言ったかしら? 

キッシュの生地の分量をざっとメモして、テーブルの上に材料をのせておく。
遼平くんは手際よく計量してボウルに材料を入れて混ぜていた。
本当に料理できるんだ…。

…と思ったのはここまでだった。


ハンバーグを作るのに玉ねぎのみじん切りを炒めてもらっていたとき、異変に気付いた。


「由貴さん…これっていつまで炒めるの?」
「え? …あぁっっ!!」


フライパンの中には黒焦げに近い玉ねぎらしき物体…。
慌てて救出を試みたけど…すでに食材ではないものに変化していた。

たぶん…火加減とか火の入り具合は任せちゃいけないんだと一瞬で悟り、
混ぜる・洗うのみのお手伝いをしてもらう。

昨日のうちにある程度下ごしらえをしておいて正解だった…。

 

あとは惇哉さんと瑛未ちゃんが帰ってきてから火を入れるものばかりになって、ふたりで休憩する。


「広いですねー…惇哉さんの家」
「ここは特別なのよ。隣が私の実家だけど作りは違うの」
「へぇ…ここまでの住居を構えるのは無理っぽいな…」
「惇哉さんの実家病院経営してるから…ちょっとは援助してもらってたみたいなのよ…
じゃなきゃいくら惇哉さんでもこんな広い家無理じゃないかしら。」


遼平くんの呟きに、卒業したらすぐに一緒に暮らすことになったと
瑛未ちゃんが喜んで電話をくれたことを思い出した。


「新居はもう決まったの?」
「いえ。年明け、仲間内で卒業旅行するんですよね。それがあるからスケジュールきつくて」
「瑛未ちゃんもラストスパートだものね…」
「…あいつ、いろいろアホみたいに溜め込むから…。時間があったら聞いてやってください」
「もちろんよ!」
「よかった。俺、役者になろうと思ったキッカケって惇哉さんなんですよね。
瑛未はそういうの全くなしで引きずり込んだから…きっとこれからが一番辛いと思う」

「…………」


苦く笑った遼平くんの頭に思わず手が伸びた。
何だか一生懸命なんだなぁ…って思って…漆黒の髪を撫でてハッとする。


「ご、ごめんなさい! 何だか遼平くん偉いな〜と思ったら…つい…」
「なんか今、瑛未が由貴さんのこと“お姉さんなんだ!”って力説した気持ちがわかりました」
「そんな…でもやっぱりそれでも…ごめんなさい…遼平くんみたいな歳の人にやることじゃ無かったわ…」

ホント恥ずかしい…

「どうして? 俺の兄貴だと思っている惇哉さんの奥さんなんだから姉で間違いないですよね」


にこりと微笑む遼平くんを見てちょっと安心した。
男の子にこんな言い方失礼かなって思うけど…ふふっ…なんだか可愛い…。

なんて思っていたら、遼平くんの携帯が鳴った。


「あー…すみません。瑛未です」
「あら? もう終わったのかしら?」
「どうでしょうね? テンション高すぎてNGばっかりだったかも」


遼平くんはくすりと笑って電話に出た。


「もう終わったのか? …っておまえ、うるせぇ……。わかったっつーの。
惇哉さんがすげぇこともかっこいいことも知ってる。あ?」


携帯を耳から離して眉を寄せる遼平くんに苦笑いを返した。
だって…聞かないようにしようって思っても瑛未ちゃんの元気な声がここまで聞こえるんだもの。


『遼平! 由貴さんの邪魔してないでしょうね!? 余計なことして疲れさせちゃダメだよ!?』
「はいはい…おまえこそアホなんだから惇哉さんに迷惑かけるんじゃねぇぞ」


その言葉にピクリと反応してしまった。


「遼平くんっ!! “はい”は一回ね!!」
「は……い?」


瞬く遼平くんに構わず私は続けた。


「それに今のその言い方瑛未ちゃんにちょっと失礼じゃないかしら?」
「…………」
『…………』
「大体ね、遼平くんってわかりにくいのよ! そんなことばっかり言ってるから瑛未ちゃんだって悩むのよっ!」
「あの…由貴さん…?」
「大事にしてるのはわかるけど、もっと優しくしてあげて!」

「…はい…すみません…」

「……はっ!! ごめんなさい! 私ったら余計なこと…」



慌ててガバリと頭を下げた。
私ったらなんて余計なことを!!! そんなこと…2人の間のことなのに… 
呆然としている遼平くんの携帯から、惇哉さんが大笑いしている声が聞こえる。
恥ずかしい……。


「ちょっと電話貸してね!」


私は遼平くんから携帯をひったくるように奪うと大慌てで電話を耳に当てた。


「瑛未ちゃん!! ごめんなさい!! なんか私余計なこと言っちゃったかも…」
『えー? 大丈夫ですよ。もっとガッツリ言ってやってください! あれくらいじゃ遼平、全然堪えないですから』
「本当にごめんなさいっ!! …それと…もうひとつごめんなさい! 惇哉さんに替わってもらえるかしらっ!?」
『ちょっと待ってくださいね。惇哉さーん! 由貴さんが替わってって言ってますー』


瑛未ちゃんは可笑しそうに笑いながら惇哉さんを呼ぶ。

ありがとうと答えた惇哉さんもまだ笑っているみたいだった…。