05
まどかに強引に唇を奪われた。
オレはその後ベッドに入る事が出来ずにキッチンテーブルのイスに座ってウトウトと眠った。
なんでこの部屋の正当な住人がこんな不便な目に遇わなくちゃいけないんだ?
ベッドまで占領されて…
「…ん?」
パタパタと部屋の中を歩く音がして目が覚めた。
パタンとあの繋がったドアが閉まる。
「……まどか?」
オレは寝不足の頭と寝起きの顔を上げてドアを見てた。
しばらくしても開く気配は無い。
「何だ…自分の部屋に戻ったのか?ふわぁ〜〜〜何だよ…お礼の一言も無しかよ…まったく…」
オレはぶつぶつと文句を言いながらよろめきつつ自分のベッドに潜り込んだ。
まどかがさっきまで寝ていたオレのベッドは気持ちいい温度であったかい…
「店が休みで良かった…」
まどかはオレの休みに合わせて狙った様に何か起こす。
時間はまだ5時を過ぎたあたり…もう一眠り出来る。
「……くう…」
やっぱり睡眠不足は身体にキツイ。
それからどのくらい経ったんだろう…オレはぐっすりと眠ってたらしい…
だからもう一度まどかがオレのベッド潜り込んで来たのにまったく気付かなかった。
またオレは夢を見た…
同じ砂漠を歩いて今度は使い捨てカイロを握りしめてる…何でだ?
「……ん……ンン?」
目の前に真っ黒な頭が…しかもほのかにシャンプーの匂いが…?
「何だ?」
無意識に空いてる方の掌でクシャリとしてみたらもっとシャンプーの匂いがした。
オレの使ってるのと違う匂い……
何で空いてる方の掌かと言うともう片方の腕は何かの下敷きになってるからで…
何の下敷きだ?ちょっと動かしたらフニャリと柔らかい感触…
「大ちゃんおはよう…朝から元気だね。」
「え?!」
黒い頭が持ち上がると下からまだちょっと辛そうなまどかの顔が!!
「なっ…ななななな何してる!まどかっっ!?」
「何って…昨夜から大ちゃんのベッドに寝かしてもらってるじゃない?」
「はあ?お前1度自分の部屋に戻っただろ?」
「うん。だって汗びっしょりで気持ち悪かったからシャワー浴びに。」
「だったらそのまま自分の部屋で寝ればいいだろ?何でまたオレの部屋に来るんだ?」
「だってまだ熱あるもん。」
「熱?どれ?」
掌をまどかのオデコに当てる。
「んーあるけど夜中ほどじゃないな…良かった…」
「熱下がって嬉しい?」
「…!!嬉しいとかじゃなくて良かったな!」
何で嬉しいんだ…
「大ちゃん…」
「ん?」
「さっきからあたしのお尻…掴んでるけど?」
「え?あっ!!」
ついオレの手にしっくりと来るもんだから…
さっきの柔らかいのって…まどかの尻だったのかっっ!
「………」
うっ…この歳で赤面するとは…不覚!!
「ねえ…大ちゃん…」
「は!?なっ…何だ?」
思わず声が裏返る!
「あの人が亡くなった奥さん?」
「!!!」
まどかが寝室の壁際に置かれてる本棚を見てそんな事をオレに聞く…
ああ…まどかからは真正面に見えるのか…夜が明けたから部屋の中も明るくなってるし…
ここの部屋にだけ…文香の写真が置いてあるんだ…
「ああ…そうだよ…って何で知ってるんだ?」
「ここのアパート見に来た時に不動産屋さんが話してくれた…詳しくは話してくれなかったけど…
病気で奥さんが亡くなったって…若かったって言ってたけど…ホントだね…」
「26だった…もうあれから2年経ったんだな…」
いや…本当はまだ2年しか経ってないんだ…
「まだ…奥さんの事…好きだよね…そうだよね…まだ2年だもん…」
「…………」
「大ちゃん……」
「……何だ?」
「他に好きな人出来た?」
「はあ?…そんな相手いるわけ無いだろう!それにもうオレは他に誰かなんて考えてない。」
「……何で?」
「……もう…充分だからだ…」
「充分?」
「そう…もうこれ以上無いってくらい人を好きになったから…もう…充分なんんだよ…」
「……そう……」
「そうだよ……」
まどかはそう言うと布団の中に潜ってしまった…
どうでもいいが…
「いつまでオレのベッドで寝てるつもりなんだ?もう大分楽になっただろ?」
「…まだ…いいじゃん!今日お店休みでしょ…今日くらいここにいたって…
どうせご飯とか作れないから大ちゃんが作るハメになるんだし…」
「またそこまでオレに頼るのか?」
「違うよ。」
「は?何が違う?」
「大ちゃんがあたしの事ほっとけないの!きっとあたしが自分の部屋に戻ったら
大ちゃんあたしの事気になって落ち着かないよ…」
「有り得ないね!せいせいする!そしたらゆっくり昼寝する!」
「…無理無理…今だってこうやって一緒に寝てるくせに…」
「!!!お前がそれを言うか?だったら出てけ!」
「………」
まどかがチロリと眼だけでオレを見た。
「何だ?」
オレは何でだかドキリとする。
「朝はお粥で!!宜しく!それと学校に電話してくれると助かるな!」
「どあほっ!!!自分でやれっ!!」
結局…まどかの予言?通り…オレはまどかを放っておけなくて面倒を見てる。
リクエスト通り朝はお粥を作ってやったし…大家と名乗って学校にまで電話してやった。
まあ未成年の15歳…親元から離れてるとくれば仕方ないかと…
それにどうもオレはアイツの進入を拒む事が出来ない…
文香が死んでから…いつも1人だった…
まあ…お店でお客さんと話したりはしてたけど…
それが無ければきっと1年中誰とも話さないかもしれない…
別にそれも苦では無いだろうと確信できる…
文香がいなくなってから…もう人と係わるのが面倒で…
恋愛をするのなんてもっと思わなくて…
もともと遊びでも女と付き合える様な性格でもないし…
そういうお店に行った事も無いし…行こうとも思った事も無い…
それが…何でだかまどか相手は気兼ねしないで気楽に付き合えてる。
こうやって勝手に人の部屋まで押し掛けて来るのにそんなに怒る気にはなれない…
どうも…丁度いい距離らしい。
一緒のベッドに寝ても…抱くのか抱かないのか抱かなければいけないのか…
そう言う気も使わなく良いからなのか…
一人っ子のオレには妹が出来た感じなのか…
それからまどかは時々オレの所に 『 寒い 』 と言ってやって来てはベッドに潜り込む。
こっちはまた熱が出るのかと心配して大人しくしてると熱なんて出ないまま朝を迎える事もある。
それは口実か…?
ただそんなまどかを叩き出せないのは3回に2回は本当に熱を出すからで…
普段あんな活発なまどかからは想像も出来ない程熱を出すから放っておけなくて…
そんな時は結局またオレが看病する羽目になる…
そんな状態があれから2年経ったのに未だに繰り返されてる…
しかも熱の確率が逆転して3回に1回が熱が出る様になった…
そんな事も理由にしなくても今では普通にあの繋げたドアは開きっぱなしだ…
一体いつ…どうしてこんな事になったんだ???
きっとオレはまどかに洗脳されていったに違いない。
そう言えばあんなキスをしたのはあの時だけだ…
やっぱり熱で寝ぼけてたのか…なんて思ってた最初の看病から1週間後…
まどかが店でバイト中にお客がいない時を見計らった様にオレをじっと見つめるから…
「何だよ…」
「いやさ…やっぱりバカって風邪ひかないんだなぁ〜〜〜って!納得してるところ!」
「なにぃっっ!!!」
熱を出した時の恩も忘れてそんな事を言うかっ!!この恩知らずっ!!!
しかもしっかりと覚えてやがったっ!!
「もう寒くてもオレの所に来るの禁止だからなっ!!」
「ええ?何で?」
座ってたカウンターのイスから転げ落ちそうなほど驚いてる。
ざまあみろ!
「鍵付けてやるっ!!オレのありがたさを思い知れっ!!」
「ええーーー!!横暴!!大家としての責任放棄だっ!!」
ぎゃあぎゃあとずっと喚き続けるまどかも来客で仕方なく黙る。
オーダーを取りに行く時の顔はオレに向かってぷうっ!っと膨れっ面だ。
そんな事を宣言しつつも…未だにあの繋がったドアには鍵は掛けられてはいない…
だから今日もまどかがまるで自分の部屋の様にオレの部屋に入って来る…