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「何でまどかがそんな事知ってる?いい加減な事…」

「いい加減なんかじゃ無いよ…あたし…大ちゃんの奥さんの事知ってるの!」

「…何で?」

「奥さんの事も…大ちゃんの事も知ってた…」

「え…?な…何だよ…言ってる意味がわかんないぞ…」

「5年前…大ちゃんの奥さんが入院してた病院にあたしのお父さんも入院してて…
お見舞いに行った時大ちゃんの奥さんと話す様になったの…」

「なっ…」

「その時あたしは中学生になったばかりで…お父さんのお見舞いっていっても…
辛くてお父さんの側にはいれなかった…お父さんも癌で入院してて…
もう助からないってわかってたから…だからお見舞いに行ってもいつも
病院の中ウロウロしたり庭で時間潰したりしてて…
そんな時文香さんが声掛けてくれて…話す様になったの…」

「……………」

オレは突然のまどかのそんな話にびっくりで何も言えず黙って聞いてた…

「色んな話したよ…大ちゃんの事一杯話してくれた…
知り合った時の事…結婚した時の事…喫茶店やってる事も…
ちょっとしか一緒に出来なくて大ちゃんに申し訳ないって言ってた…」

「 ! ! 」

ドクンと心臓が動いた…

……文香…




「心配なのはね…あの人あたしがいなくなった後…
誰ともお付き合いも…ましてや結婚なんてしないと思うのよね…」
文香さんが溜息混じりでそんな事を言う…
「いなくなった…後?」
「あ…まどかちゃんには辛い話だけど私もまどかちゃんのお父さんと同じなの…
あと少ししかあの人と一緒にいれない…」
「え?」
「悲しいけど仕方ない事だから…」
「文香さん…」
しばらくの間お互い黙ってしまった…
「一番の心配はあの人の事…あたしに遠慮してとかじゃなくて…
きっと私に縛られて…他の人となんて思わなくなる…」
「?」
「まどかちゃんには難しいかな…でもね…私は私がいなくなったらずっと先でも良いから
誰か他の人と恋をして…もう一度結婚して…幸せになって欲しい…
私はほんのちょっとしか幸せにしてあげられなかったから…
でもあの人はきっと……ずっと1人で生きてく…」
「………」
「まどかちゃんがもっと大きかったらあの人の事お願いするんだけどな…
ふふ…流石に若すぎるものね…残念。」
「亮平…さん?だっけ?」
「そうこの人よ。」
そう言って携帯に写る写真を見せてくれた…2人で幸せそうに寄り添って笑ってる…
「優しそう…」
「うん。優しいわよ…でもいくら自分の方が悪いって分かってもなかなか謝らないのよ。
ちょっと融通が利かないかも…」
「へえ…」
「でも料理は上手で彼の作るサンドイッチは美味しいのよ。」
「喫茶店やってるんだよね…」
「そう…ここからじゃ遠いからまどかちゃんには食べに来てもらえないわね…残念だわ…
あ!今度来る時に持って来てもらいましょうか!それがいいわ!」
「ううん…いい…」
「え?何で?サンドイッチ嫌い?」
「ううん…ちがくて…いつになるかわからないけどいつか必ずお店に行って食べる。」
「え?本当?」
「うん。それにその時彼が本当に1人だったあたしが恋人になってあげるから…」
「まどかちゃん…」
「だから…文香さんは彼が1人にならない様に…お医者さんがびっくりするくらい元気になって…ね?
お店に行った時2人であたしを迎えて…約束!」

「…………ありがとう………まどかちゃん」

しばらく黙ってた文香さんはそう言って優しく…にっこりと笑ってくれた…




「だから大ちゃんの事もここのお店の事も知ってた…
病院で時々2人でいたのも見掛けた事あったし…」

「……………」

オレはいきなりそんな話を聞かされてわけがわからない…

まどかが…文香と…知り合いだった?オレの事も…知ってた?

「それからしばらくして文香さんが亡くなったって…だからあたしここに来たんだよ…大ちゃん…」

「?」

「高校もここから近い学校選んで…ここの不動産屋も探して部屋が空いたら
知らせてくれる様に頼んで…ここに来たの!!」

「まどか…」

「文香さんから大ちゃんの話たくさん聞いて…写真も見せてもらって…
病院で大ちゃんの事見掛けて…ずっと…ずっと大ちゃんの事好きだった!」

「!!」

「でも…ここで暮らし始めたら文香さんが心配した通り大ちゃん1人だった…
いつも心ここに非ずで……」

「……………」

「文香さんはそんな事望んでないよ!大ちゃん!」

「 ! ! 」


『私がいなくなってもいつまでも私に遠慮して1人でいないでよ…

  新しい恋をして結婚して家族作って子供育てて…私と出来なかったことをその人と叶えて…』


文香…

「…そんな事…言うな…文香…オレは……」

文香の…声が頭に木霊する…

「大丈夫だよ…大ちゃん…」
「……」

俯いてたオレの顔をまどかが両手で持ち上げて目を合わせる。

「忘れないよ…大ちゃん…あたしは文香さんを忘れない…
大ちゃんも文香さんを忘れない…でもね…文香さんは望んでるんだよ…
大ちゃんが幸せになる事…今の大ちゃんを望んではいないの…」

「望んで…ない…」

「うん…だから大ちゃん…」

「…………」


「あたしと…文香さんが出来なかった事…しよう…

  ずっと好きだった…ずっと好きだったよ…大ちゃん…

    大ちゃんも…あたしの事…好きになってほしい…」


「まどか…」

「子供だからダメ?自分の事ちゃんと出来ないからダメ?」

まどかのオレを見つめる瞳から涙が頬を伝って流れて落ちた…


文香…お前がまどかをオレに引き合わせたのか…


「泣くなよ…まどか…こんなオレの為に泣く事なんかない…」
「大ちゃん…」

伸ばした掌で触れたまどかの頬の涙を拭った。

「お前の気持ちはわかったから…」
「大ちゃん…」
「でも…少し時間をくれ…何だか色々聞いて頭の中がゴチャゴチャだ…」

ホントにマジでそう思ってた…文香の事もまどかの事も…

「本当に…オレの事追い掛けて来たのか?」

オレの膝の上に座るまどかを見上げて尋ねた…

「オレの事5年前から知ってて…その時からオレの事…」

コクリとまどかが頷いた…

「そっか…」
「大ちゃん…怒っ…た?」
「何で?」
「だって…騙してたみたいになったから…」
「怒っては…いないよ…ただびっくりした…」
「大ちゃん…」

オレはホントにびっくりで…がっくりと項垂れてしまった…
そんなオレの頭にまどかのオデコが軽くコツンと着いた。

「好き…大好き…大好きだよ…大ちゃん…」

「泣きながら言うな…」

「だって…大ちゃんあたしの事遠ざけるから…」
「…仕方ないだろ…」
「何が仕方ないの?」

「大人の事情だ。」

「何それ?もしかしてこの事気にしてるの?」

「は?」

まどかがなんの躊躇も無くパジャマのボタンを2つほど外してオレに向かって胸をはだける。

「なっ…何してる!?」

オレはびっくりで…ほんの数センチ前にまどかの白い肌の…胸の谷間が!

「あたしは気にしてないし…むしろ嬉しかった ♪ 」
「は?え?」


まどかの指で引っ張られたパジャマの下からはっきりと
右胸にキスマークとおぼしき赤い小さなアザが2つ!!


「なっ!!え?…ちょっと待て…これって…」

「あたしが大ちゃんのものだって言う印 ♪ 」

ガ ーーーーー ン ! !

ありとあらゆるモノで出されたと思える音が頭の中で響いた!

「え?ええっ!?まさ…か…最後まで?」
「え?」

頼む!うなづくな!

「ううん…残念ながらキスとキスマークだけ。」

「ほっ!良かった……」

オレは見て分る位にホッとした…そこまで情けない男にはなりたくない…

「大ちゃん…」
「ん?」

「あたしの事……嫌いでは無い?」
「!!……ああ…嫌いではない。」
「高校生は?幼い?」
「幼くは無いけど…オレとは歳が離れてるな…まどかは気にしないのか?」
「だって好きになったの12だよ…大ちゃん25でしょ?最初から気になんてしてないよ…クスッ…」
「そっか…」
「希望は…あるのかな…」
「希望?」

「大ちゃんが…あたしを…好きになってくれるって言う…望み…期待してもいいのかなって…」

「…………じゃ試してみろ…期待が持てるかどうか…自分で…」

「え?どう言う…意味?」

まどかが本当にキョトンとした顔をした。

「オレにキスしてもオレが嫌がらないか…」
「え?」
「オレが嫌だと思ってたら…拒むから…」
「……え?…あ…あたしから?」
「そう…確かめたいんだろ?オレに期待してもいいのか…望みがあるのか…」
「うん……」
「じゃあ…どうぞ…」

「…………」

まどかの顔がちょっと固まってる…
気持ちの整理がつかないのか…自分の今の状況をどうしたらいいのか…
オレの膝の上に座ってたまどかが何気に座り直した。

「……大ちゃんに…キスして…良いって…事?」
「オレが嫌がらなければキス出来るって事。」
「じゃ…じゃあ…イヤだって思ってたら…拒まれちゃうって事?」
「あり得るな。」
「ええーーーっ!!そんなの嫌だ!そんな事になったらあたし立ち直れないもん!」
「じゃあ確かめられないな…結果は後回しになる。」
「………わかった…すぐ…知りたいから……」
「女は度胸だ。」
「……大ちゃんなんかあたしの事からかってる?」
「そんな事無い…至って真面目だよ。」
「ホントかな……」
「ホントだって。」

「……じゃあ…嫌がらないでね!!」
「決め付けるなよ。してからの話だろ…」

何だか急に大人の余裕を見せた大ちゃんで…どう見てもあたしはからかわれてる気がしてる…
でも…確かめろって言うなら…確かめさせてもらう…
これでもし拒まれても…そりゃショックだけど…あたしは大ちゃんを諦めるつもり無いし!

でも…もし…あたしからのキスを受け入れてくれたら……
そしたら…その時は…

目を瞑って大ちゃんの方に屈む様に近付いた。
大ちゃんの膝の上に座ってるからちょっとだけあたしの方が座高が高いから…

この近さなら外すはず無いとは思うけど…ちゃんとキス…出来るかな…
あたしからは2度目の…キス…

「……ん…」

あったかい感触が唇に触れた…ホッペとかじゃ無いと思う…柔らかくて……大ちゃんの唇だ!!

と言う事は…拒まれ無かったって事??
と言う事は…希望はあるって事???うそ…うれし…

「…!!!うっ!!!ううっ!!!」

いきなり後頭部を押さえられてギュッと大ちゃんの方に押し付けられた!
腰から背中にかけてもう片方の大ちゃんの腕がしっかりと支えてて…すごく大ちゃんと密着!
それに…びっくりしたあたしのそんな隙をついて舌を絡められて…ちょっ…苦し……でも…

う れ し い っっ !!!!


「…んっ…ちゅっ…くちゅ……ふっ…ぁ…」

あたし1人でそんな声が出ちゃう…だって…大ちゃん…すご…

思わず大ちゃんの肩を軽くゲンコツで叩いた。
だって…息出来ないし…頭クラクラするし…心臓バクバクだし…もう…限界なんだもん!!

「なんだ…もういいのか?」
至って冷静な大ちゃんだ…
「はぁ…はぁ…大ちゃ…やっぱり…あたしの事…からかって…はぁ…はぁ…」
「どのくらい意思表示すればわかってくれるかなって思って。」
「も…バカ……はぁ…はぁ…そりゃ…一応知識はあるけど…急にこんなに激しいの…無理だよ…」
「そっか…まどかにはこれは激しいんだ…わかった…」
「?…え?激しくないの??さっきのが??」
「…オレにとっては普通だけど?って言うか一般的に普通なんじゃないのかな?」
「ええっ!!み…みんなこんな…の?これが普通???」
「多分…付き合ってる奴なら普通だと思うけど?」
「…………」

あたしは…ちょっとびっくりで…勉強になりました。

「これで試験勉強に身が入るな。」
「え?…まさかその為に…キスしたの?」

あたしは一瞬で気持ちの温度が下がる…そうだなんて言われたら……

「まさか…そこまで鈍感な男じゃ無いよ。まどかの気持ちに応えたつもりだけどな。」
「大ちゃん…」
「伝わったか?」
「…うん…伝わったよ…あ…ありがとう…大ちゃん……」
ああ…涙腺が緩む…
「じゃあ気持ち切り替えて学生は学生らしく勉学に励め!」
「……いきなりテンション下がるんですけど…大ちゃん…」
「とにかくまずは期末試験だ!今飲み物持って来てやるから頑張れ。」
「わかった……頑張る…」

ブツブツ言うまどかを膝の上から下ろして自分の部屋の流しに戻る……

戻った途端両手で流しの淵をぎゅっと握った。



「……ヤバイ……あのまま…押し倒す所だった……」