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「ただいまぁ〜 ♪ 」

まどかが超ご機嫌でお店に入って来た。

「あら!お帰りなさい。まどかちゃん。」
「お帰り…」
「お2人ともご苦労様で〜す。」

まったく…顔がニヤケ過ぎだろ…

「これからあたしすぐに試験勉強しますので失礼しま〜す ♪ 」

そう言うとまどかはクルクルと回りながら店のドアから出て行った…器用な奴…



「……どうしたんですかね…まどかちゃん…すごくご機嫌良かったですね。
何か良い事でもあったのかしら…」

相楽さんが首を傾げながら悩んでる…

「さあ…」

ったく単純な奴だ…

「後で夕飯持って行った時に聞いてみますね…はは…」

オレは引き攣り笑いだ…

今日は開店と同時に昨日約束した通り相楽さんが1人でお店をやってるオレに
気を使ってくれてまどかの代わりに店を手伝ってくれてる。

オレはちょっと言い方は悪いが有難迷惑とも感じつつ…

でもやる気満々の相楽さんを断り切れず…今日1日の事と諦めた。



「まどか夕飯持って来たぞ。」

オレの部屋からあのドアを開けた。

「まどか?」
「大ちゃん!」
「わっと!」

まどかがいきなり抱き着いて来るから反動でよろけた。

「頑張るな。」

「だってあたしの初体験がかかってるんだもん!」

「あのな…堂々と言うな…」

ったく…事の重大さがわかってるのか?

「あたしがいなくて淋しい?」
「別に…昔は1人だったし。」
「もう!可愛くない!」
「イテッ!」

思いきりバシン!と背中を叩かれた。

「大ちゃん…」
「ん?」
「良美さんの事だけど…」
「ああ…わかってる…まどかは心配するな…」
「うん…」

そう言いながらオレのシャツを掴む…オレはまどかの頭をぽんぽんと撫でた。

「大ちゃん…」

まどかが意味ありげにオレを見上げるから…その不安げな瞳に引っ張られた…

「…ン…」

一体何度まどかとキスをしたんだろう…
文香とは違うキス…慣れてなくてオレの動きについて来れなくて…ぎこちないが…

何て言ったらいいのか…可愛いキスだ。

「ただいま大ちゃん…遅くなっちゃったけど…ただいまのキスだよ。」
「ああ…お帰り…」

もう1度…今度は触れるだけのキスをした。




「はあ…あっという間の1日でした。」
「お疲れ様でした。今コーヒー淹れますね。」

後片付けも終わり相楽さんがエプロンを外してホッとしてる。

「ありがとうございます。でも楽しかったですよ。何だか学生時代に戻ったみたいでした。」
「そうですか…じゃあ良かったのかな…休みを1日潰してしまったから…」
「本当に気にしないで下さい。私がしたくてしたんですから。」

オレは笑って頭だけ下げた。



「はあ…美味しい…」

相楽さんがオレの淹れたコーヒーを一口飲んでホッとした…

「あの…相楽さん…」
「はい?」
「今日は本当にありがとうございました…」
「いえ…」

「でももうこう言う事は…」

「……ご迷惑…でした…?」

「ちょっと困ってしまいました…」

オレは苦笑いだ…

「正直な人ですね…坪倉さんは…」
「すいません…」

「やはりどなたか好きな人がいらっしゃるんですか?」

相楽さんが手にしたコーヒーを置きながらオレを見る…

「……オレが妻を病気亡くしたって知ってますか?」

「いえ…知りませんでした…」

相楽さんが驚いた顔をした……まあでも…それも仕方ない…
不動産屋にそう言う話はしなくて良いって…言ってあるから…

「オレは5年前に妻を亡くしてそれからはもう誰も好きになるなんて事無いと思ってました…
別に一生1人でいようなんて思ってたわけじゃ無いんですけど…何だかそんな風になってしまって…
今まで誰にも関心なんて湧かなかったし…もう1度誰かと恋愛をするなんて事も思わなかった…」

「でも…今は…そう思える人が出来たって事ですね?」

「はい…」

「でもそれは私では無いって事ですね…」

「はい…すいません…」

「いえ…そんな…謝らないで下さい…残念ですけど仕方ないです…」

「…………」

「今日の事は良い思い出になりました。坪倉さんと2人でお仕事出来たなんて…」

「本当に今日はありがとうございました。」

「じゃあ…明日からは喫茶店のマスターと大家さんってお付き合いで…
今までと変わり無くお願いします。」

そう言って頭を下げた…

「いえ…こちらこそ…これからも宜しくお願いします…
またオレに出来る修理があったら遠慮なく言って下さい。直しに伺いますから…」

「はい。その時は…」


最後まで相楽さんはオレの相手が誰なのか聞こうとはしなかった…

もしかして…気付いてるんだろうか…



一度開けるとおかしなもので何の抵抗も無くなるから不思議だ。
オレは自分の部屋に戻ると直ぐにあのドアを開けた。

「まどか…ただい…!!!まどかっ!?」

まどかがソファのすぐ横の床の上に倒れてた!!

「おい!まどか!!どうした?大丈夫か?熱か?熱が出たのか??」

慌てて抱き上げてオデコに手を当てる。

「熱は無いみたいだな……おい!まどか!!しっかりしろ!!」

膝の上に抱きかかえながらまどかを揺すって名前を呼んだ。

「………あ……大…ちゃん…」
「気が付いたか?どうした?具合悪いのか?」
「あ…あ…」
「あ?なんだ?」
「頭が…壊れちゃう…公式が…単語が…年表が…一杯で…」
「はあ?」

どうと言う事は無い。
いつもの試験勉強でとうとう壊れたらしい…まったく…この娘は…



「ん〜〜甘くて美味しい ♪ ♪やっぱり疲れてる時は糖分補給だよね〜 ♪ 」

まどかがオレの淹れたカフェオレを美味しそうに飲む。

「寝るならちゃんとベッドで寝ろ。紛らわしいな…」

オレはまどかとは反対のイスに座りながら洗ったばっかりの
自分の髪をタオルで拭きながらお説教だ!

「うん。今度からちゃんと大ちゃんのベッドで寝る。」
「自分のベッドで寝ろ!」
「嫌だよぉ〜〜だ!!やっと堂々と大ちゃんのベッドで寝れる様になったのに!
何が悲しくて自分の部屋のベッドで寝なきゃいけないのよ!!」
「………ったく…」

「大ちゃん…」

「ん?」

「……良美さんと…話したの?」

まどかがカフェオレの入ったコーヒーカップを弄りながらオレの方を見ないで切り出した。

「ああ…話したよ…わかってもらえた…」
「そう…そっか…」
「ん?」
「だってさ…もしこじれたらあたし良美さんに宣戦布告しなきゃいけなかったもん。
あの人…お姉さんみたいで良い人だったから…そうなったら辛いなぁ…って…」
「大人の女性だったよ。でも何となくわかってたみたいな所があったような気がしたんだが…
まどかお前彼女に何か言ったか?」
「ううん…何にも…」
「そうか…じゃあ気のせいかな…」

「大ちゃん…」
「ん?」
「絶対浮気なんてしないでよ!!」
「は?」
「大ちゃんは怪しいんだから!」
「何だよ?それ?」
「だって去年だっけ?バレンタインに常連の女の人からチョコ貰ったじゃない!
にっこりと 『ありがとう。』 なんて言っちゃってさ!!」
「あのな…あれはあの時も説明したろ?義理だったって…
『いつも美味しい料理ありがとうございます。』って言ってたじゃないか。」
「そんなの嘘に決まってるでしょ!あの時大ちゃんが『ありがとう。義理でも嬉しいです。』
って一刀両断しちゃってトドメは
『ホワイトデーには食べに来て下さい。何かデザートでもサービスします。』
なんて言われたらもう望み無しって思うわよ!」
「え?そうなのか?だからホワイトデーの時来なかったのか?」
「もうホントに鈍感!!」
「……………」

オレは何も言い返せず…無言…

「でも…それで変な虫が寄って来なくて良いけどね。」

「…何だそれは…」

「さてと!もうひと頑張りしようかな。もう日にちも無いんだよね…」
「こっちで勉強しろ。」
「え?何で?大ちゃんもあたしと一緒にいたいの?」
「アホか!また床の上で寝られたら迷惑だからだ!」
「チェッ…素直じゃ無いなぁー…大ちゃんは…」
「オレはそんな子供じゃ無い!別に前みたいに別々で寝ても構わないんだからな…」
「ぶーーーー!!大ちゃんの意地悪!!」
「………勉強…わからない所あるのか?」
「え?あ…ううん!大丈夫だよ。わからない所前もって学校で教えてもらったから。」
「学校で?誰に?」

別に気になって聞いたわけじゃ無い…話の流れで聞いたまでで…

「同じクラスの結城君。頭良いんだ…教え方も上手だし。」

「………へぇ…」

今『結城君』って…『君』って言わなかったか?男か?男に教えてもらってるのか?こいつ…

一瞬…自分の中に妙な感情がチラリ……

「大ちゃん?」
「え?ああ!!そいつも大変だな…まどかに教えるなんて…もの覚え悪いから。」
「そんな事無いよ!見ててよ!今回のテスト今までで一番の成績出すから!」
「そうか…じゃあ頑張れよ。」

「え?何?大ちゃんも応援してくれるって事は大ちゃんもあたしの事抱きたいと
思ってくれてるんだね!!わかった!2人の初めての為にホント頑張るから!!!」

「いや…そう言うつもりじゃ…」

ダメだ…もうオレの話を聞いちゃいない……その勘違いどうにかしてくれ…

「大ちゃ〜〜〜〜ん ♪ ♪」
「うわっと!!急に抱きつくなよ…」
「大ちゃん抱っこ!!」
「はあ?何ガキみたいなこと言ってるんだよ…」
「大ちゃん…あたし大ちゃんに甘えてるんだけど……」
「!!!」

イスに座ってるオレの膝の上に横抱っこでまどかが座ってる。
しっかりと両手はオレの首に廻されて…多分本人は誘う様な瞳で
オレを見てるつもりなんだろうけど……

どう見てもお菓子をねだる子供みたいな目だ…

でもオレはそんなまどかの誘いに乗ったフリをしてやる…
やっぱりいくらまどかでも傷つけちゃいけない。

「仕方ない…で?どんなのがお望みなんだ?」
「え?」
「オレに甘えたいんだろ?」
「…え…えっと…」

オレがちょっと本気で『年上の男』の雰囲気を出すとまどか途端に焦り出す。
だからちょっとからかいたくなる…これが年下の恋人を持つと言う事なのか…?

「ならちょっと予行練習でもしてみるか?」
「え?」
「別に最後までしなければ良いんだし…」
「え?それって…」
「また胸にキスマーク付けてやるから…」
「え゛っ!!??」
「何もそんなに驚く事無いだろ?
本当なら最後までしたって構わないって思ってるんだからさ…まどかは!」

最後はニヤッと笑ってやった。

「え?…あ…いや…やっぱりそれは試験が終わるまで楽しみに…」
「遠慮しなくていいんだぞ…よっと!」
「わっ!!ちょっ…」

ドサリ!とそのままキッチンテーブルの上に仰向けでまどかを寝かせた。

「だ・だ・だ・だ・だ・だ………大ちゃん?」

凄い引き攣った顔してる…
調子に乗ってまどかの開いた足の間に入り込んで両手を万歳でテーブルに押さえ付けた。
まな板の上の鯉ならぬ 『 テーブルの上のまどか 』 だな。

「だ…大ちゃん!!」
「大丈夫…最後まではしない…」
「あ…ん…」

まどかの腕を押さえ付けながら耳元にわざと息が掛かる様に囁いた。
案の定まどかがビクリと跳ねた…結構感じやすい身体らしい…憶えておこう。

更に調子に乗ってまどかに思いっきり舌を絡ませるキスをした。

いつもは最後まで立ってられないらしいが横になってる今は関係ないだろう…
だからいつもより時間を掛けてまどかの舌で遊ぶ…

「…ン…ぁん…んん…」

何とも可愛い声を出す…いつものまどかからはちょっと想像出来ない…

「まどか…」

散々まどかの口と唇と舌を堪能してからまた耳元に囁いた…

「………ん?……」

やっと返事をしてる感じで瞳がトロンとしてる…ちょっとからかい過ぎたか?
仕方ない…現実に引き戻すとするか…

「次のXの値を求めよ!」

ハッキリとした口調でまどかの耳元で言ってやった。

「は…い???」

まどかはわけがわからないと言った顔だ。

「(X−2)(X+1)=0 は?はい!答え!」

真正面でにっこりと笑って答えを待つ。

「え?え?え?ちょっと…まっ…いきなりそんな事言われても…」

一瞬でまどかの顔が高校生の顔になった。
まるで居眠りしてた所をいきなり指されたみたいに慌ててる。

「はい!時間切れ!残念!今日オレと一緒に寝れる権利剥奪されました!」
「ええっっ!!!な…何それ??」
「勝負の世界は厳しいな。まどか…とにかく赤点取らない様に頑張れよ!」

まどかの上からさっさと退いて飲み物を取りに冷蔵庫に向かう。

「…………」

まどかが納得いかないって顔でテーブルの上から起き上がった。

「大ちゃーーーーん……今のはちょっとヒドイ!!」
「ん?」
「大ちゃんがこんな事する人だなんて思わなかったよっ!!」
「オレはズルイ大人なの…だてに歳くってないんだよ。」
「大ちゃん!もうホントに良いムードだと思ったのにっ!!…あっ!!」

文句を言い続けるまどかを不意打ちで抱き寄せて向かい合った。

「大…ちゃん…?」

「からかって悪かった…2人の為に勉強頑張ってな……ちゅっ!」

触れるだけのキスをまどかのオデコにした。
まあこれもふざけてると言えばふざけてたんだが…

でもまどかには効果テキメンだったらしい。


「わ…わかった…頑張るね…大ちゃん…」


そう言ってフラフラな足取りで自分の部屋に勉強道具を取りに行った。