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悠 (yuu) : 東雲家の次男でホスト。




「ふあぁ〜〜〜……」

自分の部屋じゃ無いベッドの中で目が覚めた。
隣には裸の女がうつ伏せで眠ってる……
ああ…そう言えば昨夜はこの客の所に泊まったんだっけ……

確かブライダル関係の会社の社長って言ってたよな?
仕事が順調で機嫌が良くて昨夜は結構な金額を店に落としてくれた。

年は32って言ってたか?
女が本当の年を言うのかは疑問だが見た感じそんなもんだろう…
まだ身体には張りがあるし…それなりの男の経験もあったみたいだし…

「…ん?帰るの?」
「あ…起こしちゃった?ごめん。」
「ううん…鍵…ポストに落としといて……」
「OK ♪ ♪ ちゅっ!」

裸の背中にキスをしてベッドから下りた。


別にホストと言う仕事に憧れてたわけじゃない。
確かに高校の時から女の子の相手は嫌じゃ無かった…
女と寝るのも楽しかったといえば楽しかったし…

元々は快の奴の影響なのか…中学の頃から快の部屋から女の喘ぎ声が聞えてたし…
興味もあったから快の女友達に誘われても拒む理由が無かった。

まさか芫までもが俺の連れて来た女に童貞奪われるとは思わなかったが
まあアイツも相当免疫ついてたから気にもしなかったけど…


まだ早朝と言う時間の街を家に向かって歩いてる。

そんな俺の帰り道にお店が一軒…朝から忙しそうに開店準備をしてる花屋。

「おはよう由乃ちゃん。」

店先で一生懸命働いてる女の子に声を掛ける。
背は俺より大分低い160ソコソコ…肩まで伸びた髪を今は一つで後ろに縛ってる。
白いトレーナーが似合ってて…ほっそりしたジーパンも身体の線がハッキリとわかって
なかなかセクシーだ。


「あ!おはようございます。朝帰りですか?」
「うん。昨夜たくさん稼がせてもらった人にサービス!」
「へぇ〜仕事熱心なんですね。」
「そう俺真面目なんだよ。」
「ですよね。話してるとわかります。」
「ありがと。だから由乃ちゃん好き ♪ ♪ お世辞でも嬉しいよ。」
「お世辞なんかじゃ無いですよ。高校の時から東雲先輩優しいし真面目だったじゃないですか。」
「そうかな?俺真面目じゃ無いよ。女の子と遊びまくってたし。」
「でもちゃんと毎日休まず学校来てたし落第もしないでちゃんと卒業したし今だって
真面目に働いてるじゃないですか。それを真面目と言わないで何て言うんですか?」
「はは…そんな褒めてくれるの由乃ちゃんだけだよ。」
「だって…東雲先輩高校の時1人でいた私の事気に掛けてくれて…
話し掛けてくれてじゃないですか…私あの時とっても嬉しかったんですよ。」
「はは…懐かしいな…もう9年も前じゃない。」
「9年前でも私には大切な思い出です。」
「そっか…」

彼女は窪田由乃ちゃん。俺の高校の時の2つ下の後輩だ。
校舎の屋上で1人でいた彼女に声を掛けたのがキッカケでそれから親しくなった。
俺の事を何だか良い様に誤解してて俺を良い先輩だとずっと思ってくれてる貴重な存在だ。

だからって身体の関係なんて全く無い!
キスどころか手も握った事無いし身体に触れた事なんかも無い。

去年今日みたいに朝帰りの帰り道に偶然再会した。
ここが彼女の実家で花屋なのをその時知った。

大学を出た後彼女の父親が身体を壊したから彼女が手伝う事になったらしい。
だから時々顔を見せて話したりしてる。

彼女は俺がホストだって知ってる。
それでも何故か敬遠する事無く俺の相手をしてくれる。

本当の事を言うと…俺は彼女の事が高校の時から好きだ。
人と話すのが苦手で…クラスの奴等とも上手く付き合えなくて…
いつも屋上に1人でいた…

そんな彼女と話すのが俺の学校での愉しみになってて…
毎日学校に休まず行ったのも彼女が待ってると思うからで……

でも彼女はそんな事知らないし…知らなくていいと思う。
彼女と知り合った時にはもう遊びで何人もの女と付き合ってたし…
俺は彼女と会って…話が出来ればそれで満足だった…

卒業した後もいつも頭の隅には彼女がいた…
でもホストなんかやってる俺なんかと係わらない方がいいのはわかってたから
想い出の中に大事にしまっておいた。

それが偶然の再会で…昔を思い出して時々我慢出来ずに彼女に偶然を装って会いに来る。

冗談っぽく彼女に 『 好き 』 と言う…
こう言う時ホストと言う職業が役立つ事はない。
どんなに彼女に好きと言っても本気だとは思われないから…

だから俺は彼女に会うと…自分だけでドキドキしながら必ず彼女に好きと言う……

密かな俺の愉しみだ。



「あ!来週の月曜日俺の誕生日なんだ。」
「え?あ…ごめんなさい…気が付かなかった…」
「え?いいよ。だって何年振りだと思ってんの?」
「……そうですけど…」
「会えたらおめでとうくらいは言ってね。」
「はい。」

そう言って彼女が俺にニッコリと笑う…もうずっと癒されてる笑顔だ…

何でそんな事を言ったのかと言うと…また彼女に会いたかったから…
会っても怪しまれない口実…そして…もし…叶うなら…

その日誕生日のお祝いに…一緒に食事でもしてくれればなんて思ったからで…
今まで何も誘ったことなんて無かった…誘えなかったんだよな…

でも…ちょっとくらいは冒険してみても罰は当たらないだろう。


「あ…ごめん…仕事の準備邪魔しちゃって。」
「いいえ。先輩とお話出来て嬉しかったです。先輩と話すと元気出るんです。」

…それは俺の方だよ…由乃ちゃん……


あれから数日が経って明日は俺の誕生日と言う日の夜。
店に向かう途中由乃ちゃんに会った。

楽しそうに由乃ちゃんと同じ位の歳の真面目そうな男と一緒だった。

まあそうだよな…見た目だって可愛い方だし気立ても良いし年頃だし…
相手がいないわけがない……

所詮ホストの俺とは先輩後輩でいるのが調度いい……
明日で…最後かな……最後ぐらい会いに行ったっていいよな……

そんな事を彼女と彼氏を遠くから目で追いながら考えてた…


日付の変わる頃…店の連中と乾杯を合図に飲みまくった。
酒は快程じゃ無いが強い方だ。
快の奴はバケモノだ。どんだけ飲んでも顔色一つ変えない。
1度何かを賭けて快と飲み比べして完敗した。
二日酔いと確か快の奴に賭けの代償を支払わされて散々な目に遭った記憶がある……

時間が経つにつれて余計酔いが醒める……
良い時間になって俺は店の後輩のマンションから彼女の店に向かう。


「おはよう。」

いつもの様に声を掛けた。

「あ!おはようございます。それからお誕生日おめでとうございます。」

にっこりと笑ってくれた。
これが生で見る彼女の最後の笑顔だ。
いつかはこうしなきゃと思ってた…こんな俺がいつ彼女に迷惑かけるかわからないもんな…

「ありがとう。あ!酒臭い?明け方まで店の連中と飲んでたから…」
「お店の人達に祝ってもらったんですか?」
「皆人の金だと思って遠慮しないんだ…」
「くすっ…東雲先輩優しいから…」

「ありがとう。いつも俺の事誉めてくれるから由乃ちゃん好きだよ。」

そう…好きだよ…由乃ちゃん……

「ふふ…あ!あの先輩ならきっとお店のお客さんからもっと高価で洒落た物貰うと思うけど…はい。」

「!!!」
そう言って小さなリボンのついた箱を手渡された。
「これって……俺に?」
「当たり前でしょ?先輩の…悠さんの誕生日でしょ。」
「……由乃ちゃん?」

「何にしていいかわからなくて親戚の男の子かり出しちゃった…
悠さんの好みじゃなかったら申し訳ないんだけど…一応今人気のブランドなのよ。
そんなに高価じゃないけど……気に入ってくれるといいんだけどな…」

「………」
と言う事はあの男は…?

「あ…あのさ…」
「はい?」

「由乃ちゃんって…彼氏…いるの…?」

勝手に口が動いて勝手にそんな事を聞く。
「え?あ…」
「?」

「高校の時はそんな事考えた事無かったし…大学も通うだけで精一杯で…
先輩と過ごしたあの屋上での思い出を思い出して何とか頑張ったの…
父が倒れて…母と2人でこのお店やって行く事になった時もすごく不安だったけど
先輩にまた会えたから…だからまた頑張れた……」

「由乃ちゃん…」

「これから先輩の事悠さんって呼んでもいい?」
「え?あ…ああ……もちろん。」
「よかった。」
「あ…あのさ…」
「はい?」
「俺…ホストだよ?」
「??はい…知ってますけど?」
「いや…だから…軽蔑とか…しないの?
あんまり良い職業じゃないと思うんだよね…一般の人から見たら…」
「でもお仕事なんですよね?」
「え?まあ…でも女の人の相手したりするんだよ?」
「だって女の人だってクラブに勤めてる人いるじゃないですか。
お酒の相手して話したりするんですよね?同じですよね?まさか女の人を食い物にしてるとか?」

「まっ…まさか…」
女の人を食べてはいるけどね……

「私はホストでも気にしませんけど…だって悠さんのホストですもん。中身は悠さんですから。」

そう言っていつもの笑顔で笑う。
これって……俺は自惚れてもいいのかな?

「あのさ…」
「はい?」

「今度朝帰りじゃなくても此処に来てもいい?」

「…!!はい!私今度悠さんとランチ一緒に食べたい。」
「!!……くすっ……喜んで。」
「約束ね。」
「ああ…」

多少…勘違いしてる部分もあるらしいが何とかいけそうな気配だ。
まだはっきりと気持ちを聞いたわけじゃないけど…どうやら嫌われても軽蔑もされていないらしい。
思わず彼女にわからない様にホッと胸を撫で下ろす。


早速明日俺の誕生日の延長でランチの約束をした。



初めての待ち合わせに現れた彼女が俺を見つけて嬉しそうに笑う…そして…

俺の胸に光る彼女からのプレゼントのペンダントを見てまた一層嬉しそうに笑う彼女がいた……