10





「これ 「 契約書 」 なの ♪ 」

そう言ってニッコリと米澤が笑う。

「はあ??」

「一応ここまで来るのにある程度の試練はあったのよ。
飼い主とのキスだって何ヶ月も掛かる可能性だってあったしこのサインも
書くのがイヤだって言い切れば書く事は無かったし…戻って来た真白ちゃんを
あのまま放って置く事だって出来たのに貴方はしなかった…」

「…………」

確かにそうだけど…

「相手を決めても飼ってもらえない子もいるし最初のステップをクリアしても
そのままって場合もあるのよ。」

「そのまま?」

「飼われてから半年間しか猫はこっちにいられないの…
その間に全てのステップをクリアしないと自分の国に帰る事になるわ。」

「帰る?」

「猫が帰れば猫との全ての記憶も無くなるから…悲しむ事も無いわ。」

「………」

何だか…その話だけはその場で考えてた…

「でもこの「契約書」がある限り約束は有効で途中で真白ちゃんを捨てたりしたら
貴方の身に災難が降りかかるわよ。」

「え?」

「だってちゃんと大事にするって約束したんですもの…それを破ったら当然の報いでしょ?」

「……どんな災難だよ…」
「そうね…口で説明するより実践した方が早いかしら…
真白ちゃんこっちにいらっしゃい ♪ 風間君も。」

「?」

訳のわからないままソファから立ち上がるとオレに引っ付いてる真白も一緒にくっ付いてくる…

「真白…」

首に廻されてる真白の腕を掴んで離そうとしたけど頑として真白は離さなかった。

「真白…」
「や…」
「ちょっとだけだから…」
「やあ……」
「…………」

仕方なくお姫様だっこで米澤のいるキッチンに歩いて行く。

「何だよ?」
「いいから…真白ちゃんちょっと下りてくれる?」
「………」
「私のお願いよ…ね?お願い…」
「………」

また米澤の瞳の雰囲気が変わった気がした…

あんなにガッチリと捕まってた真白の腕が簡単にスルリと外れた。

「風間君。」
「ん?」
「今だけでいいから心の底から真白ちゃんを捨てるって思って玄関から出してみて。」
「は?」
「一瞬でいいから…そう思って自分で真白ちゃんの事表に出してみて。」
「何なんだよ…」
「だから実践だってば。ほら早く…今だけで良いんだから…ね!」
「……………」

何だかワケが分からないまま真白の背中を押して玄関に促す。
そして心の中で「もうサヨナラだ…」そう思って開けた玄関のドアから
真白の背中を押して外に出した…

「ハルキ……?」

背中を向けたまま顔だけオレの方を向いて真白がオレの名前を呼んだ…

そんな真白の姿がゆっくりと玄関の扉で遮られていく……

真白………

バタンと音がして玄関のドアが完全に閉まった……

「……………真白……」


その瞬間……




「ハルキ?」

ものの数十秒後に玄関のドアを開けるとさっきとは違って真正面を向いてる真白がいた。

「入れ……」
「ハルキ?」
「…………」
「どした?フロ入った?」
「入ってない……いいから早く入れ。」
「ぬれてる……」

「身をもってわかったでしょ?と言う訳だからとにかく残り5ヶ月一緒に生活してね。
今まで通り私も手を貸すから…その為にこっちにいるのが私の役目なのよ ♪ 」

「…………」

もう…オレの頭じゃ理解不能な事ばっかりだ!!

「とりあえず私今日会社休むから宜しくね!」
「は?」
「だって真白ちゃんに必要なもの買出しに行かないと。それに少し教えておきたい事もあるし…
ああ…今の真白ちゃん猫並みの知能だから。まあ追々ちゃんとこっちの生活に慣れていくと思うけど…
しばらくは我慢して寛大な気持ちで接してあげてね。」
「……なあ…」
「何?」
「…真白…飛んでるよな?飛ぶよな?何?そっちの猫って飛ぶわけ?
でも猫の姿の時は飛ばなかったぞ?」
「ああ…この子達色々特殊な能力あるから…この子まだ上手く歩けないから
飛んだ方が楽らしいわよ。」
「は?歩けない??」
「だって今まで猫の姿で4本足だったのよ?そんないきなり歩けるわけ無いじゃない。」
「あ…」
「じゃあ出掛ける時真白ちゃん私の所に連れて来てね。ほら急がないと遅刻よ。」
「え?あっ!!」

気付けば出勤まで30分過ぎてる!ヤバイ!!


あの時米澤に言われるまま真白を表に出した後…
信じられない事に頭上から大量の水が落ちて来た!!

「ブハッ!!!なっ…でっ!!イテっ!!」

その後は5段階のタライが頭を直撃!!コントか?!

「何なんだ!?」

しかも人の事はずぶ濡れにしといて部屋の何処も濡れて無いのが納得いかない!!
タライも消えてるし!!

「そんな感じで次々に災難が起こるわ。しかも徐々にエスカレートして行くから。
早く真白ちゃん入れてあげた方がいいわよ。次は何が起きるか…」

何気に米澤がうっすらと笑ってる…ちょっとムカついた…



洗面所で濡れた髪を乾かしてると真白がオレの後ろでフヨフヨ浮いてる。
しばらく乾かして諦めた…時間が無い…半乾きだけどどうにかなるか…

「ハルキ?」
「真白オレ仕事だから…分かるか?」
「し…ごと…」
「そう。いつも出掛けてるだろ?」
「………」
無言で真白が頷いた。
「今日はさっきの人と一緒にいるんだぞ。」
「……ハルキ…」
「ん?」

「ましろ…ハルキと一緒いたい…だから…もう背中…おさないで……」

「真白…」

「ハルキ…」

不安そうな顔でオレを見る…


さっきの事を言ってるのか…確かに一瞬でもオレは真白を手放す事を考えた…

それが真白には伝わってたのか?

何だか…可哀相な事をしたかと反省の気持ちもわいて来る…

ってオレだって散々な目に遭ったんだけど…

真白の方がショックが大きいんじゃないかと…そう思った…


「一緒にいるから…心配しなくていいんだぞ…」
「………」

だめか?真白の顔が変わらない。

「………」

ああ!

「ほら来い真白!」

「!!」

オレが両手を広げると真白の顔が一瞬で明るくなった。

やっと通じたか…って…

「ハルキ!」
「ブフッ!!バカ……飛びすぎだって…」


一気にジャンプしてオレの肩に真正面から抱き着くから…

肩車の逆バージョンで……ヤバイって!お前下着はいてないんだから!!

「真白!」

本当無邪気にジャレて来るから…

「ハルキ ♪ 」

頭まで抱きしめられて息が出来ないってば…
何とか顔をずらして直撃は免れた…朝からなんて事すんだ…



「行くぞ。」

周りを気にしながら素早く玄関の鍵を閉めてエレベーターに飛び乗った。
真白はシャツの上にフード付きの上着で耳を隠す。
浮いてる真白の腰に腕を廻して真白はオレの腕にしがみ付く。
浮いてるから軽い…まずは歩く練習か?はあ〜

「ハルキ…」
「ん?」
「ん ♪ 」
「なっ!?」

いきなり真白の顔が近付いてキスをねだられた。

「いつもしてた ♪ 」
「そ…そうだけど……」
「ハルキいくから…ましろ1人…」
「…………」

そりゃいつも部屋に1人で置いていってたけど…

ちゅっ!

「 !? 」

「いってきます。」

オレは真白の頬に…いつもの様に触れるだけのキスをした。

「…………」

なんだその不満な顔は?

「ましろちがうのがいい…クラクラドキドキするやつ。」

「あれは違うの!いいんだよ!これで!お前にはまだ早いし必要なし!」
「そう?」
「そうなの!」

そのあとエレベーターのドアが開いたから速攻で米澤の部屋に飛び込んだ。



その日は何をするのも上の空で…
強制的に仕事に集中しないとミスをしそうになるほどだった…

夜に疲れ果てて米澤の部屋に真白を迎えに行くと…


「ハルキ!みて!」

「なっ!!」

玄関先でいきなり下着のパンツを見せられたっ!!
しかもこれは……噂に高い…「Tバック」と言うもの?

流石に本物を目の前で…しかも顔面に押し付けられたのは初めてだ!

「何なんだよ…なんでこんな下着なんだよ…」

そう言いながら米澤を睨む。

「普通のにしてくれれば良かったのに…」
「だって真白ちゃん尻尾があるから。紐なら邪魔にならないでしょ?」
「あ…」
そうだった。

「ハルキ ♪ しっぽ大丈夫 ♪ 」

穿いてるスカートを捲り上げてオレにお尻を見せる。

「見せなくていいからっ!!」

まったく…

「ハルキ見て!いっぱい ♪ 」

「な…」

床に散らばってるブラとパンツを両手で掬い上げてオレに見せる。

「こっちもいっぱい ♪ 」

「げ…」

その後には何処かで良く見掛ける有名ブランド店の紙袋の山…

「女の子はお洒落しなきゃね ♪ 尻尾隠せる服と耳隠す帽子も買ったから ♪ 」
「こんなにか?」
「はい!これレシート!後で払ってね ♪ 」
「………なっ!?」

オレとしては自分の服でもこんなに掛けた事無いくらいの
金額のレシートが何枚もあった!

「……おい…人が払うと思って…」
「どうせ今まで何も使い道なくて貯めてたんでしょう?いいじゃないこのくらい!
大事な大事な真白ちゃんが着たきり雀でいいの?」
「………まったく…まあいいや色々助かった…真白帰るぞ。」
「うん ♪ 」

言いながら散らばってる下着をまとめだしてちゃんと袋にしまう。

「ちょっとは一般常識を教えたから…あの子素直だからすぐ覚えるわよ。」
「そう…」
「大丈夫?しっかりしてよ!」

「………とにかくゆっくり考えるよ…」


オレは2人にわからない様に小さく溜息をついた……


そう…考えなきゃな……色々…と…


真白が猫から「人」になりたいと言う事実…

そんな真白が「人の姿」をして目の前にいると言う事実……

このままオレが何もしなければ…オレと真白とは何も無かった事になると言う事実…


そして残り5ヶ月と言う事実……