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「え?ヨソの男と話した?」

帰宅してスーツをクローゼットにしまってるオレの後ろで真白が嬉しそうに言う。

「うん。ももかちゃんって子のおとうさんで…」
「ももか?何子供の父親?」
「ちちおや?んっと…ももかちゃん「ぱぱ」って言ってた!」
「それを父親って言うの!ちなみに女の人は母親!覚えたか?」
「父……親……母……親……うん!覚えた!」
「で?その人にバレなかっただろうな…」

子供は何とか誤魔化し様があるが大人はそうはいかないからな…

「うん。ちょっと話して…ちょっと遊んで…サヨナラしたよ。またあしたって ♪ 」
「また明日?なんだよまた明日会う約束したのか?」
「うん。また遊ぼうねって。」
「…………」
「ハルキ?」
「あんまり親しくするなよ。バレる確率が高くなるんだから…」
「かく……りつ?」
「あんまり会ってるとその人達に真白に猫の耳と尻尾がある事がわかっちゃうって言ってるんだよ!」
「大丈夫だよ。ちゃんとボウシもかぶってるし服もシッポかくれてるの着てるもん。」
「そうかもしれないけど…次は断れ…ダメって言えよ。」
「え?遊ぶやくそくを?」
「そう。外に出るのは構わないけどオレが一緒じゃない時はあんまりヨソの人間と
話さない方がいい…真白!」
「どして?」
「!!…………だから…真白が猫だってバレるからだよ…」
「大丈夫だよ。ももかちゃん小さいもん。」
「父親の方!万が一ってのがあるだろう?」
「まんが……いち?」
「偶然バレちゃうって事もあるだろう!それを心配してるんだよ!オレは!!」
「ふ〜〜ん…そうなの?」
「そうなの!」

「でも…ももかちゃんのおとうさんやさしい人だったよ。だから大丈夫だよ。」

そう言ってニッコリ笑った真白の笑顔に何故だかカチンときた!

「そうかよ!だったら好きにすれば良い!オレはどうなっても知らないからな!」

「ハルキ?」

「まったく……バレたらヤバイって…わかんないのか…」

「ハルキ?」
「…………」

オレは乱暴にクローゼットの扉を閉めて夕飯の支度をしにキッチンに早足で歩いた。



「ハルキ…怒ってるの?」

コンロの前で肉と野菜を炒めるオレの背中に真白が声を掛ける。

「別に!」

「………じゃあ…もう…外に出ないから……」

「はあ?」

「ハルキが怒るならましろもう外に出ないから!!」

「誰も外に出るのを怒ってるわけじゃ無いだろっ!!」

「だって……ましろが1人で外に出るから怒ってるんでしょ……」

「…………」

真白の声を背中で聞きながら思う…


そう…別に真白が外に出るのを怒ってるんじゃない……

じゃあ…一体オレは何にこんなにイライラして…ムカムカしてるんだ……?


「うっ……ひっく……」

「ハッ!!」

背中に真白の泣く声がして慌てて振り向いた。

「真白……」
「ふえっ……ひっく…うぅ……」

大粒の涙を両手で必死に拭ってる真白がいた…

「何で泣くんだよ……」
「だっ……ハルキ……怒って……ましろ…見てくれない……ひっく…」
「…………だからって何で泣くんだよ…」
「ましろ…ハルキ怒るのイヤ…だもん…うっ…ぐずっ…」
「……………」
「だから…もう…ましろ外行かない……ずっと…部屋にいる…から……」

「だから別に外に行く事は怒って無いって言っただろ……もう泣きすぎだっての…」

コンロの火を止めてティッシュを持って真白の前に戻る。

「ほら……顔…凄い事になってるぞ…真白…」

「ふ……ぐずっ…」

前みたいに真白の涙と鼻水を拭いてやった。

「言い過ぎたよ…ごめん…真白…」

「ハル…キ……」

そう言って真白の頭をクシャクシャとした。

「心配なんだよ…真白…だってきっとオレ以外の人に真白の事がわかったら大変な事なんだぞ。」

「たいへん?」

「ああ…最悪オレと離れなくちゃいけなくなるかもしれない。」
「ええっ!?やだっ!!ましろそんなのやだっ!!」
「おっと…」

真白がオレの首に飛びついて抱きついた。

「やだよ!ハルキと離れるなんてやだっ!!」
「じゃあ十分……たくさん気をつけるんだぞ!わかったか?」
「うん!たくさんたくさんたーーーーーくさん気をつける!!」


………オレと別れる事をこんなにも拒む真白…

きっと真白の中にはもうオレと離れて暮らすなんて考えはこれっぽっちも無いんだろうな…

いつまでもオレに抱きついてる真白をオレも抱き返しながらそんな事を思う……



それからも真白はそのももかちゃんと言う親子と時々会ってるらしい…

オレは何故か複雑な気持ちで……これは一体何なんだろうって…自問自答の毎日だ…


そんな事があった最初の日曜日…真白と一緒の散歩の途中でその親子に偶然会った。


「ましろちゃん」

「あ!ももかちゃんおとうさん!」

彼が?

年はオレよりも年上っぽい…2歳くらいの女の子を片腕に抱っこして…

ちょっと長めの柔らかそうな髪にその髪にピッタリな優しい笑顔の…
そう…オレとは正反対の色白な文学青年のイメージ…

「今日は1人じゃないんだね。」

そう言って静かに笑う…

「そうハルキと一緒なの ♪ 」
「そう…彼がハルキ君か…初めまして…手塚です。」

そう言ってぺこりと頭を下げられて慌ててこっちも頭を下げる。

「あ…初めまして…風間です。真白がいつもお世話になってるみたいで…」
「いいえ…ウチの百花がいつも遊んでもらって…ましろちゃん百花と遊ぶの上手なんで助かります。」
「はは…」

精神年齢が同じせいか?

真白が2歳児の女の子と同レベルで遊んでる…
そんな姿をちょっと離れてオレと手塚さんは見てた…

「ましろちゃんは可愛いですね。」
「え?」
「いつもニコニコしてて…百花も楽しそうだし…」
「はあ…」
「僕今育児休暇中なんです。」
「え?」
「2人目が生まれましてね…」
「それは…おめでとうございます。」
「子供の相手なんて良くわからなくて…だから本当に助かってます…」
「はあ…」
「でも…何ででしょうね…」
「はい?」
「ましろちゃんを見てると…何か思い出すんです…」
「え?」
「昔の事……それが何だか思い出せないんですけどね…
ましろちゃんに初めて会った時から…何か感じてしまって…」
「…………」

「あっ!!いや…そんな決してイヤらしい事なんて想像してないですよ!!!」

「はあ…」

「なんなんでしょうね…デジャヴってやつですかね…」

「…………」

「わ〜〜〜ん!!」

「あ!」
「ん?」

「ももかちゃんおとうさん!ももかちゃん転んだ!!」

「大丈夫…痛くないよ…」

そう言いながら手塚さんが真白の方に近付いていく…


自分の子供を抱き上げて…見上げる真白を優しく見下ろすその2人の姿は…

なんだろう…何となくしっくりときてて……

言いようの無い…変な気分が漂う……




「真白…」
「ん?」

手塚さんと別れて真白と帰る途中思ってる事を口にした…

「手塚さん…ももかちゃんおとうさん……前に会った事無いのか?」
「え?」
「猫の時……」
「…………んーーーーわかんない。ましろは覚えてないよ。」
「そう……」
「なんで?」
「いや…」
「?」
「真白…」
「ん?」

「手塚さんの事……好きか?」

オレは何でそんな事を聞いたのか……

「んーーーー好き…かな…好きって言うのかな?一緒にいて楽しいよやさしいし…」

「そう……」

「ハルキ?」

「いや……」

「ハルキは好き?」
「え?誰を?」
「ももかちゃんおとうさん!」
「は?なんで?」
「ましろに聞いたから。」
「別に何とも思ってないよ。今日会ったばっかりだし…」
「ふーん……」


記憶は消えても…

身体は…気持ちは…覚えているのかもしれないと…

その時オレは何故だかそう思ったんだ…




「真白ちゃんの前の相手?」
「ああ…もしかしているんじゃないのか?」

次の日米澤に聞いてる自分がいた。

「何で急にそんな事聞くの?」
「………多分……真白そいつと出会ってる…」
「え?」
「あくまでもオレの勘なんだけど……」
「…………知ってどうするの…」
「別に……ただどんな相手かな…ってなんでダメだったのかなって…
って言うかやっぱりオレの前に真白に相手がいたんだ…」
「…………」
「何だよ?」

米澤がじっとオレを見てるから…しかもちょっと意味ありげに…

「自分の女の過去が気になるの?」

「なっ!別にそんなんじゃないって!だからただの好奇心だよ!」

「ふ〜〜ん…」
「…………」

相変わらず意味深な眼差しだ……

「ダメなら別にいいけど…じゃあな…」

「飼い主に…彼女が出来たのよ…」

「 !! 」

「一緒に住み始めて2ヵ月後にね…それに第一段階もクリア出来なかったし…」

「そう…なんだ…」

「ホント1ヶ月なんて早々いないわよ ♪ ふふ…」

「うるさい!」



結局相手は誰なのか教えてもらえなかったけど…

なんとなく…その相手は手塚さんだと確信が持てた……

米澤風に言えば 「 男の勘? 」 なのか?

確かにわかったからって何って訳じゃないんだが……


でも…どうしてまた出会ったりするんだろうか……

それだけ惹かれあう…?




「おかえり!ハルキ ♪ ちゅっ ♪ 」
「ただいま…」

いつの頃からか挨拶のキスは真白からする様になってた…

「今日も手塚さんと会ったのか?」
「ううん今日は会ってないよ。ましろ今日はずっと部屋にいたから。」

本当なのか……なんて心の中で訊ねてるオレがいる……

一緒のお風呂でも何気に真白の身体を確かめてしまう自分がいて……

「…………」

自己嫌悪………

「どしたの?ハルキ?」

「いや……何でも…ない………」


いやいや…何でもあるだろう…
何なんだ…これって……ダメだ……真白を問い質したくなるこの心境……


思いっきり嫉妬向き出しの最低野郎じゃないかーーーー!!