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「はぁ……」

仕事中に溜息ばっかり…
あの後彼は何事も無かった顔で 『 由貴!飯! 』 って言った。

「……もう……信じられない……」

本当に人の唇を何だと思ってるのよっっ!!!

握ってるボールペンがブルブルと震える。

「柊木さん!」
「え?あ…はい…」
「社長が呼んでるわよ。」
藤森さんがファイル片手に部屋に入って来るなりそう声を掛けた。
「え?社長が?何で?」
「さあ?こっちが聞きたいわよ…何かやったの?」
「まさか!」
「惇哉君の事じゃないの?2人の仲はどうなってるんだ!?とか?」
寺本さんがニヤニヤ笑いながらそんな事を言う……
「やだ…何も無いですから!変な事言わないで下さい…」

おっかなびっくりで社長室のドアをノックした。


「どうぞ。」

優しい声が返事をした。

このプロダクションの社長… 『 大藪 隆三 』 氏。
御歳58歳だけど見た目は50代前半でも通じそうなほど若い。

「あの…何か?」
「そんな警戒しなくていいよ。別に悪い話じゃ無いんだから。」
「はあ…」
「満知子さんは元気?」
「え?あ…はい…相変わらず忙しそうですが時々帰って来ますし…元気にしてますが…」
「満知子さんにも君にも…惇哉君の事ではお世話になってばかりで…」
「はあ…でも母はそれが生き甲斐みたいなものですので…喜んでやってるみたいです…」

私は仕方無くですけど…

「あの…話って…?」
「ああ…実はね…昨日惇哉君のマネージャーが倒れただろ?」
「はい…何でも検査の結果次第で手術とか…」
「ああ…復帰するのに大分時間が掛かると思うんだ…
その間彼にマネージャー無しって言うのもちょっと都合が悪いんでね…」
「はあ…」

そうだろうなって思った…
あんなに忙しくしてるんだから自分で何もかもなんて無理だろうし…
ってそれが私に何の繋がりが?

「そこでだね…」

「!!!」

あ!何だか嫌な予感がするっっ!!!

「柊木さんに三鷹君が復帰するまで彼のマネージャー…やってくれないかな?」

「ええーーーーーっっ!!!」

「惇哉君の希望でもあるんだけど…」
「い…い…嫌ですっ!!お断りしますっっ!!」
「そんな即答しなくても…」
「だ…だってマネージャーなんてやった事無いですし…私免許も持ってないし…」
「すぐ慣れるよ。それに移動はタクシー使えば良い。料金いくら掛かっても構わないから。」
「え…ですからそう言う問題じゃ…何で私なんですか?他にもいくらだって…」
「惇哉君のたってのご希望なんだよね…ダメかな?」
「だ…ダメです!こればっかりは…」

じょ…冗談じゃ無いわよっ!!断らなきゃ…絶対断らなきゃっっ!!

「じゃあ…仕方ないなぁ…」
社長がとっても困った顔してる…でも…
「え?じゃ…じゃあ…他の人に…?」
こればっかりは……
「こんな事言いたくなかったんだけど……」
「はい?」

「社長命令!って事で…明日から宜しく頼むね。柊木さん!」

にっこりと微笑まれたっっ!!

「ええーーーーーっっ!!!」

私は社長に向かってそんな声を出してしまった。


「 …………そ…そんな……… 」


目の前が…真っ暗………

何で?…何で私がこんな目に………




『由貴〜〜〜 ♪ 惇哉クンのマネージャーになったんですってぇ ♪ ♪ 』

耳に当てた携帯から母のハイテンションな声が聞える…

「……お母さん…一体どっから聞いたのよ?」

情報収集早すぎでしょ?

『社長よ!社・長・!!これからも宜しくって頼まれちゃったわ ♪ 』

あのオヤジぃーーー…余計な事を…

「まだ引き受けたわけじゃ…」
『でも社長命令なんでしょ?それに惇哉クンのたってのお願いなんですって ♪ 
聞・く・わ・よ・ね・ぇ〜〜〜 由貴?』
「…………」
『こんなチャンス滅多に無いわよ!期限付きなんだし最善を尽くしなさいよっ!!』
「………考えとく…」
『もうテンション低いわねぇ〜お母さんなら泣いて喜んじゃうのに!』
「だろうね…」

お母さんならそりゃもう親身になって尽くすでしょうよ…

『近いうちに帰れそうだからその時は3人でゆっくり食事しましょうね ♪ じゃあね由貴 ♪ 』
「うん…お母さんも身体気をつけてよ…」


携帯を切ってソファの上に放り投げた。

「やっぱり社長命令で断ったら…クビかしら…?はぁ〜〜もうあの疫病神男めぇ…」

何が嫌って…今までだってほとんど毎日一緒にいるのに
マネージャーなんてなったら1日中彼と一緒にいなくちゃいけないのよ…

これ以上コキ使われてたまるもんですか……って…でも社長命令だもんなぁ…

本当に…どうしよう……




「由貴ただいまぁ ♪ 」

諸悪の根源が帰って来た!

「何度も言わせないで!あなたの部屋は隣でしょ?なんで真っ直ぐここに帰って来るのよ!」
「何だよ?随分ご機嫌斜めだな?」
「当たり前でしょ!あなただって知ってるくせに白々しいわね!
なんで私をマネージャーなんて指名するのよっ!」
「あ!社長から話し聞いたんだ?」
「社長命令であなたのマネージャーやってくれって言われたわよ!
あなたたっての希望なんですってね?どう言うつもり?どこまで私をコキ使うつもりなのよっっ!!」
「由貴…」
「何よ!」

「由貴はオレに大きな貸しがあるよな?」

ギ ク ッ !!!

「オレはそれをチャラにする方法を提案したまでだけど?」
「…………」

悔しい事に…何も言い返せないっっ!!
だって昨夜の事でしらばっくれる事も出来ない……

「何か言いたい事でも?」

その得意気な顔がムカッと来るっ!!!

「……無い…わよ…」

「よろしい!じゃあ由貴腹減った。」
「…………」

私は黙ってキッチンに向かう。

「これはマネージャーだからじゃ無いだろ?いつもの事だもんな?由貴 ♪ 」
「…でも…明日からは朝から晩まであなたと一緒なんでしょ?」
「そうだな ♪ 」
「はぁ……」
「そんなに嬉しい?」
「嬉しくないっ!!気が重いわよっ!なんであなたの面倒そこまで見なきゃいけないのよ…」
「由貴!」
「何よ!」

そんな返事をしてよそったご飯の入ったお茶碗を彼にグイッと渡した。

「これは仕事で由貴は事務所の人間でオレのこの稼ぎで給料貰ってる!」
「わかってるわよっ!!相手があなたじゃなきゃまだ素直にこの話し受けたわよっ!!」
「素直じゃないなぁ〜由貴は…」
「思いっきり素直ですっ!!」

味噌汁をよそってテーブルに運ぶ。
彼は私の後ろをさっきからずっとついて来る。

「とにかく飯食ってからな。由貴は?もう食べたの?」
「とっくに食べました!」
「そっか…まあ明日から食事も3食一緒だ。」
「…………」


私はありとあらゆる事を考えてガックリと項垂れる……

この男と……寝る時以外全部一緒?一緒????


ああ…もう勘弁して……