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「あら?新しいマネージャー?」

「あ…はい!柊木です。よろしくお願いします。」

大袈裟じゃ無く思いきり頭を下げた。

「今日から三鷹の代わり ♪ 」

事務所で雑誌の取材をこなしてその後休む間もなくドラマの撮影でスタジオ入りした。

「嬉しそうな顔してるわね〜惇哉君!」
「そう?」

そんな会話も頭のどこかで響いてるだけ…
だって目の前に見た事のある俳優さんと女優さんが!!
キラキラクラクラ…自分がこんなにも芸能人に免疫が無いとはっっ!



「大丈夫か?由貴?」

ひとまず出番が来るまで控室で休んでる…生意気にも彼1人だけの部屋…

「うん…芸能人ばっかりで何だか舞い上がっちゃって…」
「オレだって芸能人なんだけど?毎日オレ見てるくせに…まったく…」
「呆れないでよ!あなたは特別なの…」
「 ! 」

きっと大した意味は無いとわかってたけど…心臓がドキンとなる。
思春期の中坊みたいだ…

「ふう…」
「疲れた?」
「え?あ…ちょっとね。でも最初だけよ…すぐ慣れるわ。慣れる頃に三鷹さんも戻ってくるでしょ。」

嬉しそうに言うな。

「これで夜まで?」
「そうだな…今の所順調に撮れてるから…でもこれから先は無理かもしれないけど…」
「!!」

言いながら彼が着てる服を脱ぎ始めた。

「ちょっ…」
「特別に 『 楠 惇哉 』 のストリッブ見せてやる ♪ 」
「なっ!!ばっ…いいから!外出てる!」

あんなに一緒にいて一緒のベッドにだって寝てるのに私彼の裸は見た事が無いから焦る!

「!!」

バ ン ! といつもの如く私の行く手を遮る様に彼が私を壁と腕の中に捕まえた!
すぐ目の前に裸の彼の胸が!!

「 !! 」

由貴がオレと壁の間で真っ赤になって慌てまくってる。

「由貴どうした?」
「どうしたって…わかってるくせに…どいてよ!」
「なんで?男の裸見た事無いの?」
「そ…そりゃ…体育の授業のプールとかで遠目でなら見た事あるけど大分前だし…
こんなに間近でなんて見る訳無いでしょ!」
「そっか…親父さんもいないしな…」
「いいからどいて!これってとんでもなくセクハラよ!」

そんなに慌てまくるもんかな?

「ホント由貴って初心だな…」
「悪かったわね…」
「由貴…」

「やっ!!ダメ!」

「 ? 」

由貴が両手で自分の口を隠した。

「由貴…」
「だってその名前の呼び方怪しいだもん!」
「何がどう怪しい?」
「…する…つもり…なんでしょ…」
「何を?」

言いながらジリジリと由貴に近づいて行く…その困ってる顔が何とも言えない…

「何?」
「……うー…」

クスッ…涙目になってる…そんなに?

「由貴…」
「や…近すぎる!胸…くっ着く!ストップ!!」
「練習…」

そう言いながら由貴の両手を掴んで口の前からどかす。

「え?なんの?ちょっとやめ…」

由貴が無駄な抵抗をする。

「いつか…」
「いつ…か?ってだから…離して…」

まだ抵抗するか…

「由貴!」
「だって…こんなの…」
「力…抜いて…」
「だから…やめ…」

掴んだ両手は由貴の頭の上にちょっと高めに押さえ付けた。
だから必然的に由貴の顔が上を向く。

こう言う時は身長差がモノを言う。

「由貴…」
「こら!やめっ…」

「惇哉君 ♪ 何かお菓子無い?」

「!!!」
「あ…」
「あれ?」

バ ン ! とノックもせずにドアが開いて同じドラマの共演者で
オレの相手役の 『 九条 真理 』 が入って来た!3人とも一瞬固まる。

「あ…ごめん…邪魔しちゃった…わよね…失礼!」

パタンとドアが閉まった。

「 あ……いやあーーっっ!!ちょっと…ちょっと待って下さい!誤解ですーーーっっ!!」

由貴がオレの腕を振りほどいて彼女の後を追って部屋を飛び出して行った。

「…まったく往生際が悪いったら…」

オレは1人残った控室で上半身裸のまま由貴の飛び出したドアを見つめて呟いた。



「あははは…もうスッゴク真面目な顔で追いかけて来るから笑っちゃった!」

覗かれて誤解されたままじゃ困ると思って彼女を追いかけて必死に説明した。
彼のいつもの悪ふざけだって!そしたら大笑いされた…

「楠さんのおふざけは昔からで私慣れっこだから
別にワザワザ追いかけて来なくても平気だったのに…」

「え…でも…」

だってそんな事知らないし…誤解だって言いたかったし…

「由貴は真面目なの。」

ちゃんと撮影の衣裳に着替えた彼が呆れた様に私を見てる。
誰のせいでこうなったと思ってるのよ!

「へえ〜〜彼女は呼び捨てなんだ…」

「 ? 」

彼女が意味ありげに笑って彼を覗き込んだ。

「お!メガネちゃん!」
「は?」

メガネちゃん?
見れば『鏡レンジ』さんがニコニコ笑って近付いてくる。

「あ!レンジさんおはようございます。今楠さんのおふざけは昔からって
話してたんですよ。そうですよね ♪ 」

「そっか…真理はガキの頃から惇の事知ってるんだっけか?」

「 ? 」

私は首を傾げる。

「ああ…コイツ小さい頃から子役でやってたから俺等とも付き合い長いんだ。」

「はぁい ♪ だから楠さんの裏の顔も知ってま〜す ♪ 」

「え?」

「おい…」

「楠さんって皆で飲むと女の人にキスしまくるんですよね〜 ♪ 女の人限定のキス魔 ♪ 」

「 !! 」
「ちょっ…」

由貴が固まってる…ったく余計な事を…

「でも私…飲み会のお店の廊下でも見かけた事あるんだぁ〜ふふ…」
「何をだ?」

レンジが真理の話しに乗って来た。
お前等ホント余計な事…

「綺麗な女の人と楠さんがマジキスしてるところ ♪
未成年の私にはスッゴク刺激的だっ…うぐっ!!」

オレは速攻真理の口を塞ぐ!

『 余計な事言うな! 』 そう真理の耳元に囁いた!そう言えばコイツは要注意人物だった!

由貴は…黙って…何も言わなかったけど…何か思ってるらしい顔付きだ…


「お願いしま〜〜す!」


そんな掛け声で彼が俳優の 『 楠 惇哉 』 になった。

彼の仕事をしてる姿は初めて見る…
今まで別に興味もなかったし…彼もその事は何も言わなかったから…

何をするわけでも無くスタジオの端っこからじっと彼を見てた…

時折関係者やスタッフの人に挨拶やら話し掛けられるくらいでこれと言ってやる事もなく…
まあこの雰囲気に慣れる為にぼんやりと現場を見てた…

何度も何度も同じ事を繰り返して…やっと監督からOKが出る…
やっぱり地道な仕事だよね…良く彼が続けていけてると思うけど…

でも彼って一度も役者の仕事の事で文句を言った事って無かったな…
多少疲れたって言う事はあったけど…そんなに役者の仕事が好きなのね…


『 楠さんって皆で飲むと女の人にキスしまくるんですよね〜 ♪ 』


「あ…」

やだ…何で今この言葉を思い出すんだろう…
十代の時に遊びまくったって言ってたから…その頃の事なんだろうな…


彼にとってキスなんて…遊びの1つなんだろう…





「はぁ〜美味い…」
「だったら持って来てれば良かったのに…言えばコーヒーくらい水筒で持たせてあげたのに…」
「自分で水筒からなんてヤダよ!水筒でも由貴が入れるから美味いの。」
「……変な理屈。モノは同じじゃない。」
「水筒から注ぐ人物が違うだろ。」
「………みんな待ってるんじゃないの…」

ずっと続いていた撮影が休憩になって彼は共演の人達と食事に行くらしい。

「由貴も一緒に行こう。」
「いいわよ…」
「何で?」
「だって…緊張してご飯食べた気しないもの…」
「気にしなくていいのに…」
「…本当…いいから…」

そう言いながら由貴がオレの傍から背中を向けて離れた。

「由貴…?」
「……」

なんだ?この空気…

「由貴どうした?疲れた?」

いつもの様に後ろから由貴の腰に腕を廻して抱いた…

「何でもないってば…早く行きなさいよ…」
「由貴はどうするの?」
「何か買う…」
「そう…わかった…じゃあ次は付き合えよ…」
「今度…ね…」

由貴はオレが控室から出る時もオレの方を見なかった…

もしかして…真理が話した事を気にしてるのか?


「あれ?由貴さんは?」
「行かないって。」
「ええーつまんない!色々話そうと思ったのにぃ〜」
「君は余計な事言い過ぎ。」
「?何で彼女マネージャーでしょ?別にいいじゃない。
彼女だって楠さんの事色々知ってる方がやりやすいんじゃない?」
「由貴は真面目だからダメ。」
「何で彼女の事は呼び捨てなの?いつも女の人は『ちゃん』付けなのに?」

「由貴は特別だから。」

「特別?」
「遊び人の惇がやっと目が覚めたって事か?」

レンジがニヤニヤ笑いながらオレを覗き込む。

「ノーコメント!」

下手に話して周りからごちゃごちゃ言われるのは避けたい。

「じゃあ…私が言った事気にしてるんじゃない?だから今だって一緒に来ないんじゃ…」
「かもね…」
「うーん…悪かった…かな?」

「いや…結果オーライだ。」

「え?」
「は?」

「フフ…」



2人の訳が分からないって顔を横目で眺めつつ…

オレは1人笑ってた。