52
「どうしたの楠君?」
「え〜〜〜〜〜」
撮影の合間のちょっとした休憩時間にテーブルの上にダラリと俯っつぷしてダレてた。
今夜から由貴がいないから…それにもう由貴は出掛けちゃったし…
一応朝はモーニングコールで起こしてもらうけどなまじ声を聞いたら
余計会いたい気持ちが募りそうだ…
「恋はしてないんでしょ?」
「え?」
オレの母親役でベテラン女優の 『 桜ノ宮涛子 』(さくらのみや とうこ) さんが
本当に母親の様にオレに笑い掛ける。
「熱愛報道!完全否定してたじゃない。」
「あれは本当に誤解だから…」
「あら…お相手は別にいるみたいね?」
「今放置プレイされてます。」
「え?放置?」
「相手にされてないって事です。」
「あら…」
「横から変な事言わないでよ…名波さん。」
オレの今回の相手役の 『 名波葉月 』 (ななみ はずき)さん。確かオレと同い年?
「昔遊んでたツケが廻って来たのよ。前このドラマ撮ってた時も遊んでたんでしょう?」
「1年前でしょ?もうそう言う遊びはとっくに卒業してました。」
その頃はもう由貴と親しくなってたから真面目に家に帰ってたし…
時々由貴の作った夕飯食べてたよ。
「あ……」
想い出しちゃった……由貴…
「じゃあ終わったら飲みに行く?」
「え…いい…そんな気分じゃない…」
「あらそう?ノリが悪いわね。」
「オレ今思春期の中坊なんだ…」
「は?何それ?」
由貴の事が好きだと気付いてから毎日が退屈しない。
その前からなぜかお互い気兼ねしない相手だったし…
それなりの恋愛も経験して付き合った相手も何人かいるけど別れて後悔したり
寂しいと思った相手はいない…
でも由貴は会えないと寂しいし触れられないと悲しいし…
由貴が…いなくなったら…オレ…どうなるんだろう?
ああ…そう言えば今夜から2日間由貴がいないんだった…自分で追い撃ちかけた…
「だけどこんなんなのにスタートの声が掛かると別人だものね…」
「こんなんって言わないでよ…」
「仕事は真面目で良い事です。」
「仕事は!ね ♪ 」
「……………」
皆オレを誤解してる!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「由貴?」
夜1人寂しく過ごしてたらオレの携帯が鳴った。
飛び付いて名前を見ると満知子さんだった。
「はい。」
『惇哉クン ♪ お疲れ様!今回はごめんなさいね。不自由な思いさせて…』
「忙しいんだね。大丈夫?」
『大丈夫よ ♪ 今度はそっちに帰れる様にするから!』
「久しぶりの親子水いらずなんでしょ…積もる話もあるだろうし…」
オレは満知子さんの手前痩せ我慢をする。
『ありがとう。惇哉クン ♪ 由貴に沢山お土産持たせるから ♪ 』
「ありがとう……由貴…は?」
『ちょっと待って…』
心臓が…ドキドキする…本当に恋に恋してる様な…そんな心境で…
いつも傍にいると話す事なんて当たり前で何て事無いのに…何でこんなに緊張する?
『もしもし…?』
「……由貴!」
『惇哉さん…ちゃんと仕事した?』
「誰に言ってる?オレは 『 楠惇哉 』 だぞ。マネージャー!」
『そうね…彼ならちゃんと仕事するものね…』
「……由貴…」
『ん?』
「約束…ちゃんと守ってな…」
『約束?』
「由貴からのただいまのキス。」
『………か…考えとく…』
「ケチ…」
『明日…朝何時に起こせばいいの?携帯に掛けるから…』
「7時…」
『わかった……食事…ちゃんと食べてね…』
「外食か買うから…」
由貴の作った料理が食べたい…
『ちゃんと…寝てね…』
「頑張ってみる…」
由貴のいない1人のベッドは寂しい……
『じゃ…おやすみなさい…日曜日に帰るから…』
「…うん…わかった…おやすみ…」
『……』 「……」
お互いが切らない…まるでドラマのワンシーンみたいな沈黙が続く…
『惇哉さんから切って。』
「ヤだよ…由貴から切って…」
『じゃあ本当に切るわよ。』
「うん…」
『じゃあね…』
そう言って由貴は何のためらいも無く電話を切った。
「…相変わらず容赦無い行動だな…由貴は…はあ……」
まあこんな事もあると仕方なく諦める…
でも…電話1本でこんなにドキドキなんて…真面目な恋には驚かされる…
今までいい加減に付き合ってたわけじゃ無いと思うけど…
その時はその相手以外には付き合ってなかったし…浮気もした事は無い。
でも…由貴との恋は…今までと違う……
その日の夜は由貴のいないベッドで1人寂しく寝た。
熱愛報道もやっと落ち着いて由貴が戻って来てくれたのにまた1人か…
昔ならこんな気分の時は誰かを呼び出して飲んで騒いでたろうに…
今はそんな気にもならない…
由貴さえ傍にいればオレは満足だ…
携帯を枕元にちゃんと置いて布団に入る。
じっと携帯を見つめながら…
オレには長距離恋愛は絶対無理だな…と1人納得しながら目を瞑った。
オレにとっては長い長い2日間で待ち遠しい日曜がやっと来て撮影が終わると同時に
由貴が帰ってるであろうオレの部屋に急いで帰った。
「由貴!」
玄関に由貴の靴があったからちゃんと帰ってる。
「由貴!」
勢いよくリビングのドアを開けると由貴がダイニングテーブルの傍で立ってた。
「お帰りなさ…ちょっ!」
力任せに由貴を抱きしめた。
「惇哉さん?」
「………」
ああ…本当に由貴だ…
「約束…」
「!!」
「由貴…約束。」
「…………」
「オレちゃんと仕事1人でこなしたし遊びにも行かなかったし…」
「あ…あのね…子供じゃ無いんだから…」
「だから約束。」
「………た…ただいま…ちゅっ…」
仕方なく…本当に仕方なくただいまのキスをした。
「お帰り由貴 ♪ ♪ ♪ 」
そしたらとんでもないくらいのニッコリ笑顔を返された…