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次の日は前の日車をスタジオに置いてきたから珍しくタクシーで出掛けた。

ずっと惇哉さんは無言…


「惇哉さん…どうしたの?具合悪いの?」

由貴が控室でも黙ってるオレにそんな事を聞いて来る…

「別に…」
「怒ってるの?ならはっきり言って!急に出掛けて食事の支度しなかったのは
悪かったと思ってるわよ!でもそんなに怒らなくたって…あっ!」

惇哉さんがいきなり立ち上がって私の両腕を万歳状態で壁に押し付けた!

「!!!…痛っ…」

押し付けられて握られてる手首が痛い…

「…惇…哉さん…?」

「そんな事怒って無い…オレは怒ってない…ただ…」

「ただ?」

「悲しいだけ…」

「え?」
「理由は…由貴が知ってる…」
「私…が?」
「ああ…良く考えて……」
「惇哉さん…」

そう言うと惇哉さんは私の手首をはなして離れた…

きっと…昨夜の事を怒ってるんだと思うのに…惇哉さんはそんな事怒って無いって言う…

ただ悲しいだけだって…

どう言う意味なんだろう…私が理由を知ってるって…どう言う事…?


その後も惇哉さんは私には何とも微妙な態度で…でも仕事はいつもの如く完璧だった。



それからも惇哉さんの態度は変なままで…
私もどうしていいかわからなくてギクシャクしたまま2日が過ぎた。




「はい。」

「!」

車で移動中に由貴の携帯が鳴った。

「…え?今から…ですか?」

ですか?誰だ…

「はい…あ…ちょっと時間が掛かるかも…はい…じゃあ…」

「何?」

誰とは聞かなかった。

「あ…あの…ちょっと出掛け…」

「!!」

オレの眉がピクリ!となる。

「…ふーん…で?何処で降ろせばいいの。」
「惇哉さん…」
「行けばいい…撮影は終わってるし後は帰るだけだし…
夕飯は食べて帰るから気にしなくていいから。」
「………」
「どこ?」
「駅前で…」
「分かった。」
「あの…」
「何?」
「あ……ううん…なるべく早く…帰るから…」
「いいよ…オレも出掛けるかもしれないしゆっくりしてくれば…友達と。」
「…惇哉さん…」

由貴に言われた通り駅前のロータリーに車を止めた。

「じゃあ…行ってきます…」
「ああ…」

由貴がまた時間を気にしながら足早に歩いて行く…


「はあ…さて…と」


由貴を気にしながらロータリーから繋がる有料の駐車場に急いで車を止める。
運の良い事に由貴は信号で捕まってた。
念の為にサングラスを掛ける…今日は周りに気付かれる訳にはいかないから。

『 女々しい事してんじゃねーよ! 』

って言うレンジの声が聞こえた気がした…


由貴の事は信じたいと思いながら実際由貴のあんな挙動不審な態度を見せられたら
気にならない方がおかしい。

とにかく相手がどんな奴なのか確かめる。

……でも…オレも素直じゃない…

ただあの由貴がウソをついてでもオレに隠す相手…

一体どこのどいつでどんな奴なんだ!

一体いつ知り合った?オレの撮影の合間か?と言う事はオレも知ってる奴か?


由貴を見失わない様に後ろをずっとつけて歩いた。

由貴の後ろ姿がオレの目に映り続ける……


由貴………もう3日もキスしてないって…知ってた…?



「あ!」

気付けばこの前の喫茶店だ…
でも今日は由貴がお店に入るとすぐに2人で出て来た。

そのまま歩き出す。

相手の男はオレよりもちょっと年上っぽい。
フォーマルスーツを着てサラリーマン?どうやらスタジオ関係者じゃなさそうだ。

だったら一体…マジで友達?あの由貴が?


「え?」

2人の後をそのままつけて行くと目の前にこの辺じゃ指折りの高級ホテル!?

マジ?オイオイ…

男の方がフロントに声を掛けて鍵を受け取った…由貴は少し後でそんな男を待ってる…


「由貴…」

何だ…今…何が起こってる?

頭の中が真っ白で訳がわからない…心臓もドキドキだし嫌な汗まで掻いてくる…

男が由貴を促してエレベーターの方に行く…ヤバイ…これ以上は後を追えない!

2人が何か話しながらエレベーターに乗り込んだ…扉が閉まっていく…


「くそっ…」

エレベーターの前で点滅する回数を確かめると18階で停まった。
即効ボタンを押してエレベーターに乗り込んで18階を押す。

「…………」

嫌な時間…すごく長く感じる……

やっと辿り着いた18階のフロアは思ってた通りもう由貴達の姿は見えない…

「やっぱ遅かったか…くそっ!」

何も考えず携帯を取り出して由貴に掛けると電源が入っていないと言うアナウンスだ。

「何で電源切ってんだよ……」

オレはその場でがっくりと項垂れた…

「何やってんだオレ…フフ…………はあ…」


由貴が男とホテルなんてきっと何か事情があるんだろう………

って一体どんな事情だよ!まさかこの前もホテルに?

「まさか…」


オレはそんな事を呟いてしばらく廊下で立ち尽くしてた…



結局あの後早々にホテルを後にした。
由貴が出て来るのを廊下で待つなんて何だかとんでもなくマヌケで虚しく思えたからだ…

頭では由貴が誰かとなんて信じてないし…信じられないと思ってる…

なのにこんなに胸が苦しいのは何でなんだ…

由貴がオレの知らない男と一緒にいるから?
由貴がオレには見せた事ない顔をあの男に見せたから?

…違う!由貴がオレに嘘をついてまであの男に会ってたから!

以前ヤキモチを妬いく演技があったけど…まさか本当のヤキモチがこれほどまでに
苦しいもんだとは思わなかった…


「由貴…」


やっと辿り着いた自分の車の運転席に座って…

ハンドルに俯せで乗せてた頭をオレは長い時間起こす事が出来なかった…