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「赤く痕が残らないといいんだけど…ごめんなさい…顔叩くなんて…」
「大丈夫だから…」
由貴がずっとソファで向き合ったままオレの叩かれた頬を冷やしてくれてる。
「もう痛くないし。」
「男の人叩いたの初めて…」
「オレも女の人に叩かれたの初めてだよ。」
「……ごめんなさい…」
「くすっ…」
「ん?」
「本当はオレが謝らなきゃいけないのにさっきから由貴が謝ってばっかりだ。」
「惇哉さんが?」
「…責める様な事言ったりしたり…悪かった…ごめん…由貴…」
「黙ってた私も悪かったんだからおあいこ。」
「そう?」
きっとオレの方が本当はもっともっと謝らなきゃいけないと思うのに…
「さあ惇哉さんも早くシャワー浴びて寝ないと…明日に響くわよ。」
「ああ……由貴。」
「ん?」
「一緒に入ろうか?」
「………は?」
「だから一緒に ♪ 」
「なっ…」
一瞬で由貴の顔が真っ赤になる。
「クスッ…ウソだよ ♪ 楽しみは後にとっておく ♪ 」
「後にとっておいても一生そんな事ありませんから!」
「さあ…わかんないよ…万が一ってのがあるんだから ♪ 」
「無いから…」
「由貴…」
「なに?」
「きっとそうなる…」
「…………」
そう言って惇哉さんがリビングから出て行った…
「もうセクハラだってば…」
私は心臓が変にドキドキ…
今までの今日の惇哉さんとの会話には… 『 好き 』 と言う言葉が抜けてる…
惇哉さんは私の事が 『 大事 』 だって言ってくれる… 『 大事 』 で 『 大切 』…
あの時から惇哉さんは私に 『 好き 』 と言わなくなった…
好きと言えないから… 『 大事 』 って言う…
でも…惇哉さんはこんな私の事…本当はどう思ってるんだろう…
『好き』 と言えない相手なんて……やっぱり困るわよね…
今惇哉さんに 『 好き 』 と言われたら…私は逃げずに受け止める事が出来るのかしら…
私は惇哉さんに 『 好き 』 と言えるのかしら…
真理さんと話した時はハッキリ出来なかったけど……
私は?私は惇哉さんの事が好き?
「タンコブは無いみたい。」
「そう?」
風呂上がりの惇哉さんの濡れた髪を乾かしながらさっきぶつけた彼の後頭部を触って確かめた。
「…………」
考えてみたら惇哉さんって人気俳優なのよね…
ドラマだって1つが終わればちょっとの間を開けてすぐに次のドラマの話しが来る…
CMもあって…街に出れば必ず何かしら彼の写真が目につくし…
この前の熱愛報道だって彼が最初から否定してたから励ましのメールや手紙が届いたし…
誕生日もバレンタインも驚く程のプレゼントが届くし…
「ん?どうした?」
そんな人が私なんかと一緒に暮らして…1つのベッドに寝て…
なんだかんだってキスもして…それって…いいのかしら?
「………」
「由貴?」
「ううん…何でもない…」
何だか急に…惇哉さんが別世界の人みたいに思えた…
「由貴…」
「え?」
「寝るぞ。」
「……うん…」
惇哉さんがそう言うと…私の手を掴んで寝室に向かって歩き出す…
「………」
なんか…本当に…私…こんな事してていいの?かな…
寝室に行って今まで通り2人でベッドに入った…でも…
惇哉さんと別々に暮らしてる時はそんな事思わなかったけど…
なぜか…急に…照れる…
「ん?」
「…………」
何だか由貴がモジモジしてる様な…
「何?トイレ?」
「バカ!違うっ!」
「じゃあどうしたの?」
「何でもないから!」
そう言って由貴は乱暴に布団に潜り込む。
「 ? 」
なんなんだ?
「…あ…」
「何?」
いつもの様に由貴の身体に腕を廻したらビクリとされた。
「あ…あの…惇哉さん…」
「ん?」
「こう言うのって…ファンの人…裏切る事にならない?」
「え?」
「だって…皆惇哉さんの事応援してくれてるのに…
そんな人達差し置いて私なんかが惇哉さんと…こんな事…
ただ母親が惇哉さんのファンで隣に住んでたってだけなのに…
本当にいいのかしら?」
「あのね…オレにもプライベートって言うものがあるんだからさ。
役者としての 『 楠 惇哉 』 ならファンの人達の為にってあるけど
個人の 『 楠 惇哉 』 は……由貴の為に…」
「 !! 」
あ…由貴の顔が赤くなった…
「それって…どう言う意味なの?」
「え?」
真っ直ぐオレの瞳を見つめて由貴がそんな事を聞く…
「どう言う…って…」
何?なんだ?一体どうした?それに言っても良いわけ?
「…そ…それは…それは由貴に宿題にしただろ?見方を変えないとわからないって…」
「だから見方変えてみたわよ。」
「え″っっ!!」
「 ? 」
ちょっ…ちょっと待て…それって…
「こ…答えが…解ったって…事?」
「うん…多分。」
「なっ!」
うそ…ホントに?
「じゃ…じゃあ言ってみて…」
「………」
「………?由貴?」
「い…今はいい!また今度で!」
「ええっ!?」
「おやすみなさい!」
「由貴!?」
オレに背を向けて布団を被って寝たふりだ。
「由貴…」
そっか…答えが解ったのか…
オレも布団に潜って背中から由貴を抱きしめた。
また由貴の身体がピクンと跳ねたけど気にせずにそのまま力を込めて抱きしめた。
「おやすみ…由貴…今度その答え聞かせて…」
「………こ…今度ね…」
そんな返事を照れながら言う…
照れてる由貴の首筋から覗く鎖骨にオレが付けた朱い印が見えた…
オレは心の中でニンマリと笑う。
「由貴…」
身体を乗り出して後ろから由貴の唇に触れるだけの優しいキスをした…
ん?でも待てよ?オレの答えと由貴の答えが同じとは限らない…よな?
そんな事を思いつつ…
ちょっと抵抗する由貴の唇をまた奪い続けた…