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「はあ〜〜〜〜」

「………」

「柊木さんどうしたの?惇哉君…ご機嫌ナナメ?」
「ええ……ちょっと……」

朝から事務所のソファで惇哉さんが溜息ばかりつく…
私を送って来てそのまま居座ってる…

「ああ〜〜も〜〜〜」
「惇哉さん!さっきからうるさいわよ!皆の仕事の邪魔になるからもう帰って!」
「仕事の邪魔なんかしてないだろ…」

頬杖をついて私を見上げての口答えだ。

「そんな溜息何度も聞いてたら仕事やる気無くなるでしょ!ほら!帰って帰って!」

目の前でシッシッと言う仕草をする。

「相変わらず由貴は冷たいなぁー!オレの気持ち分かんないかな?
あ!由貴は早く籍入れたくないから別に何とも思わないんだろ!」

「そ…そう言うわけじゃ無いけど…」
「女心は複雑なのよ!惇哉君!」
「あ!何気に皆由貴の味方だ。昨日どんな話したんだ?」
「ナ・イ・シ・ョ・よ〜〜 ♪ 」
「ちぇっ…」
「そう言えば惇哉君仕事は?」
「映画の撮影が終わってまだちょっとしか経ってないだろ。少し休み取ったの。
来週からトーク番組と雑誌の取材と…あと連ドラの仕事も決まってるし…
ゆっくり出来るのは今のうちなのに…由貴ってばサッサと仕事復帰しちゃうし…はあ〜あ……」
「なっ…何よ…私のせいじゃありませんから!」
「トーク番組なんて珍しいわね?」
「あのプロポーズの後だからね…面倒いから1番組だけ出て話す事にしたんだ。
じゃないとキリが無くて…」
「へー…」
「絶対余計な事言わないでよね!!恥ずかしい事も!!」
「……は〜〜い。」
「怪しいんだから!」
「ふん!」
ふん!って何よ!ふんって!!
「そうだ。惇哉君さぁ柊木さんに婚約指輪あげないの?」
「婚約期間なんて無いから。」
「え?」

「そんなのあげて婚約期間が何年もなったら目も当てられない…
だからオレから由貴にあげる指輪は結婚指輪だけ。」

「………」

そんな風に考えてたんだ…

「指輪が欲しいなら早く籍入れて結婚式挙げる事!」

「柊木さん…惇哉君…何だか可哀相だから籍だけでも入れてあげれば?」
「……え?」
「ほら皆そう言うだろ?」

可哀相って言うのがちょっと気にかかるけど…

「………」

何で無言なんだよ…由貴…  ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

「ん?」

惇哉さんの携帯が鳴った。

「はい………何だよ?」
「?」
「オレは構わないけど…ちょっと待て一応社長に聞くからまた後で掛ける…
…とりあえず1回切るぞ。」
「誰?」
「レンジ。」
「レンジさん?」
「今撮ってるドラマで急に役者の1人が病気で休んだんだってさ。
大して目立つ役じゃないから暇してるならオレに出ないかって。」
「それって…」
「友情出演!オレは構わないけど一応社長の承諾貰わないとな。」
「そう…」

言い終わると惇哉さんが廊下に出ていく…

そんな惇哉さんが出て行ったドアを私はしばらく見つめてた…



「お!惇!悪いな。」
「別に暇してたし…気分滅入ってたし…」
「ああ?またメガネちゃんか?」
「また由貴だよ…」

「楠さん…ワザワザすみません…」

助監督が台本を片手に遠慮がちに近づいてくる。

「いいんだよ!こいつ暇してたんだから。」
「やっと映画の撮影が終わって休んでるの。」
「そう言や結構なラブシーンがあったそうじゃねーか。北館さんが良いのが撮れたって言ってたぞ。」
「オレだからな。」
「ったく!相変わらず自意識過剰な野郎だな!」

バ シ ン ! と腕を叩かれた。
しかも怪我した方の腕!

「…痛って!!暴力男!気をつけろよ!」
「ああ…悪りぃ!ったくヤワな奴だな…」
「ヤワなら死んでたって…で?どんな役?」
「超頭が良いクセに性格がヒネてる神経質な病院の経理の男。当たり前だけど独身彼女無し!」
「は?」
「やり甲斐あるだろ?」
「どんな設定だよ。………まあいいや…台本貸して。」
「あ…お願いします…」

「ふーん…レンジこのオレに絡んでくる刑事?」

「ああ ♪ 」

「フーン…じゃあ虐めてやろうかな…今むしゃくしゃしてるしこの役にピッタリじゃん。
しつこい刑事にムカついてる役…」
「何だグッドタイミングだったか?」
「フフ…」
「監督〜惇やる気満々だってさぁ〜」
「じゃあこちらに…」


助監督の後について控室に向かう途中何人かの顔見知りの出演者とスタッフに会った。

こんな時思う…やっぱりオレこの仕事好きだなって…

今までのモヤモヤした気持ちがウソの様に晴れていく…ワクワクするし…



「大丈夫か?」

撮影の準備も整ってセットで待ってるレンジの前に立つ。

「嫌味なまでにインテリが似合うな。銀縁眼鏡も。」
「オレだから。」
「ギャラ無しだぞ?」
「構わない。」
「台詞入ったか?」
「誰に言ってんだよ。」
「楠さ〜ん大丈夫ですか?行けます?」

助監督の緊張した声が響く…OKの代わりに片手を上げた。

「は〜い!じゃあテスト行きま〜す!」

撮影が始まって何とも言えない緊張感が漂う…でもオレはこの空気が好きだ…


「だからちょっと話聞かせてくれって言ってるだけだろうが…経理のお兄さんよぉ…」

「今の警察はヤクザまがいな脅し文句を一般市民に言うんですか?
もう一度警察手帳見せて下さい。しかるべき場所に抗議を入れさせてもらう。」


そう言って眼鏡の縁を指先で軽く持ち上げた。