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撮影が早く終わって今夜は由貴と久しぶりに外で夕飯を食べる約束をして…

オレはルンルンで帰って来た ♪    …のに!!

玄関を開けて中に入るとオレの目の錯覚か!?
オレを出迎えてくれたのは…オレの愛する由貴じゃなくて…

あの生意気で…高飛車な…… 「 羽柴 智匱 」 !!!


「お邪魔してる。」
「………何でお前が此処にいるんだよ?!!!…って由貴は?」

オレは慌てて玄関を駆け上がって廊下を走る。
リビングに向かう途中の廊下で…

「お帰りなさい。」

「由貴!!」

目の前にいつものエプロン姿の由貴が立ってた…

「ちょっ…」

オレは無言で由貴を抱きしめた。

「惇哉…さん?」
「由貴!?大丈夫か?」
「え?」
「アイツに何かされなかったか?」
「ちょっ…惇哉さん?」

惇哉さんが私の身体を上から下まで前後左右…くまなく確かめる…

「な…何もないわよ…大丈夫だから…」
「ホントか?身体の何処にも触られたりしなかったか?」
「触られてなんかいないわよ…」

「どんな目で俺を見てんだよ。楠センパイ!」

後ろから呆れた声で言われた。

「そんな目だよ!由貴!!」
「はい!」
「ちゃんと説明して貰おうかな?」
「は……はい…」

惇哉さんの引きつった笑顔が怖かった…




「おはようございます。」
「オス…」

今日の撮影はロケで現地集合…だから一番近い駅に智匱君を迎えに行った。

昨日の今日でソッポ向かれると思ったら…小さな声だったけど挨拶を返してくれた。

「どうしたの?」
「え?」
「随分大人しいから…」
「……別に。」
「少しは昨日の事が智匱君の為になったのかしら?」
「何であんな説教が俺の為になるんだよ。」
「少しは反省したのかと思ったんだけど…」
「別に反省なんかしねぇし…」
「だから進歩無いのよ。」
「………」
「たまには人の意見も聞いた方がいいわよ…」
「……反省したわけじゃないけど…まあ…考えるところはあった…かな…」

きっとあの時の俺を杏華が見たら…どんな顔したんだろうって思ったのは確かだから…

「!!」

そんな返事が返って来て私はちょっと驚いた…



繁華街を仲間と歩いて他愛も無い話をするシーン…
きっとホンの数分あるかないかだろうけど…そんなシーンでも何時間も掛かる…

俺は主役がいつもつるんでるメンバーの1人に選ばれてるから何気に出番は多い…
セリフもその他のクラスメートに比べれば多い方だ…

しばらくすると撮影してる周りに人が集まって来る…
まあ大体が主役のアイツ目当てだろうがそんな中でも俺目当ての女の子もいる…

休憩時間になって休んでると聞き覚えのある声が俺を呼ぶ…
本当は俺もちょっと気にしてた…

杏華の高校がこの近くだから…もしかしたらと思って…一応メールしといたんだ…

「杏華…」
「智クン!お疲れ!」

なるべく人に見られない様にスタッフに紛れて杏華に近づく。

「何だかワクワクするね ♪ 人気のドラマの撮影だと…テレビで見た事ある顔ばっかりだもん。」
「まあメインのメンバーの撮影だからな…」
「ギャラリーも多いね。」
「俺のファンもいるぞ。」
「へえー…じゃあこんな所見られたら大変だね…」
「別に構わないだろ…幼馴染なんだしお前だってこの仕事してるんだし…」
「でもこのドラマに出てるわけじゃないもん…だからもう行くよ…」
「杏華!」

杏華は俺が売れ始めた頃から何となく俺に気を使うようになった…

「智匱君?」
「!!」
「あ!」
「何かあった?」
「別に…」
「あ…あ…あ…」
「え?」

杏華が俺の後ろから近づくあの女を指差して声が出ない。
まあ…コイツが誰だか杏華は知ってるんだから当たり前だけど…

「ひ…ひ…柊木由貴さん!!あ!じゃなくて今は楠由貴さん!」

「は…はい…」

こんな所で自分の名前をフルネームで呼ばれるとは思わなかった…

「あ…あの…わた…私 「 楠 惇哉 」 さんのファンなんです!!」
「は…はい…」

手を出されて思わず私も手を出してしまった…
その手を握られてぶんぶんと上下に振られた。

って私惇哉さんじゃないけど……いいの?

「おい!杏華…コイツ 「 楠 惇哉 」 じゃないぞ。」
「え?あっ!そっか…でも…楠さんと手とか繋ぎますよね?」
「はあ…時々…」
って何真面目に答えてるの?私…
「間接手繋ぎ ♪ 」
「え?」
「アホか…」


「智匱クンの幼馴染の鳥越です。一応女優の卵です ♪ 」
「あら…じゃあ2人でこの世界に?」
「2人で小学生の時に劇団に入って…私はまだまだなんですけど…智クンは人気が出て…
今は殆ど別々に仕事してます。でもいつか一緒にドラマに出れたらいいなって思ってるんですけど…」
「へえ…」
「だから俺が監督に話してやるって言ってるのによ。ゲストとかは無理だろうけど
セリフ1言くらいの役ならやらしてもらえるかもしれないのに。」
「だからいいって言ってるでしょ!そんなんで夢かなえるなんて嫌なの!
自分の実力で智クンと仕事したいんだから!」

「………」

「変な意地張りやがって…」

「意地じゃないもん!自分の夢だもん!」



その後すぐに休憩時間の終了の声が掛かって
杏華は大袈裟と思えるほど手を振って帰って行った。

俺はそんな杏華の後姿をしばらく見送ってた…


「へーー…あなたでもそんな顔するんだ?」
「は?何が?」
「別に。」
「何わかった顔してんの?アホクサ!」
「照れちゃって ♪ 」
「何の事だか…さて!ちょっと真面目に取り組もうかな。」
「ちょっとでも無くていつも真面目に取り組むのよ!」
「ホントいちいちうるさっ!」
「文句言わない!あなたはまだ勉強する事一杯あるんだから!」
「あーー母親みたいな事ばっか言うな!あんたの旦那も毎日毎日大変だな。
あんたのその小言毎日聞いてんだろ?」
「失礼ね!毎日小言なんて言ってるわけ無いでしょ!」

多分…



「で?何でそっからアイツがウチに来る事になるんだ?全然説明になってないと思うけど?」


あの後…帰って来た惇哉さんは私を寝室に連れ込んで
私はナゼだかベッドに仰向けで両手を押さえつけられてる…

「それで……仕事が終わった後…帰ろうとしたら智匱君が今日は家の人が誰もいなくて…
夕飯を…ファーストフードで済ませるって言うから……じゃあ…夕飯食べに来る?ってなって…」

「だから…何で話がそうなるのかって聞いてる…由貴…」
「だから…」
「だっておかしいだろ?昨日まであんなにアイツの事怒ってたのに…」
「ん…や…怖い…」
「何が?」
「だって…惇哉さん…怒ってる…」
「怒るだろ?あれだけ気をつけろって言ってるのに2人っきりで部屋にいるわ…
何かあったらどうするつもりなんだよ!由貴!!」
「だ…大丈夫よ…そんなんじゃ…」

「由貴!」

び く ん ! !

「本当に…そんな事思ってる?由貴…」

「………」
「由貴?返事……」
「う…上手く言えないんだけど……」
「いいよ…言ってみなよ…」

「彼…好きな子がいるみたいなの…」

「は?」

「それに今日の彼…昨日とはちょっと違ってて…その好きなんじゃないかって思える子が
今日撮影してる所に彼に会いに来たらその後の撮影に真面目に取り組んでて…」

「で?」
「頑張ってるなぁ…って…」
「だからご飯ご馳走してあげようかって?」
「うん…それって…変?理由にならない?」
「…………はぁ…まったく…」
「惇哉さん?」
「気になるって事?アイツの事が?」
「気になってるとはちょっと違う気がする…なんだろ…
頑張りだしたのかなって…思えたら応援してあげようかなって…」
「ファンになったって事?」
「それもちょっと違うかも…」
「じゃあ何?」

「んーー何だか教師の気分?教え子が成長するのを手助けして見守る?感じ?」

「ホントに?」

「何でそんな事聞くの?」

「え?」

「何度も何度も同じ事聞いて…私が何言っても納得しなくて…」
「由貴…」
「じゃあ惇哉さんはどう思ってると思うの?私が智匱君の事どう思ってると思ってるの?」
「そ…それは…」

「言って!」

「………ごめん…」

「何で謝るのよ?」
「いや…何か謝らなきゃいけないかと……」
「何で?」
「由貴が……」
「私が?」
「怒ってる……から……でもさ由貴!」
「何?」

「オレの気持ちもわかってよ!オレのいない間に由貴が…
自分の奥さんが若い男と2人っきりなんて!心配するのも当たり前だろ!!」


「それは…私もごめんなさい…でも智匱君本当にそんな事する様には見えないけど…」

「ホント…由貴は甘い!男は皆オオカミなんだぞ!こんな風に!」

「んっ!!んんーーー!!」

いきなり思い切り舌を絡ませるキスをされた!!しかもちょっと強引で乱暴!!

「ふぅ!!ううっ!!んーーー!!!ぷはっ!!!」

「わかった?由貴?」

「はぁ…はぁ……もう…」

「由貴……」
「惇哉さん……」

もう怒ってない惇哉さんがじっと私を見下ろしてる…


「由貴のことが……好きだ……」

「……うん…」

「由貴のこと…愛してる……」

「……うん…」


私はいつの間にか離してもらった両手で惇哉さんの首に腕を廻す…

私の耳元でそう囁いた惇哉さんが…今度は首筋に顔をうずめ…


コ ン   コ ン  !!


「 「 !!! 」 」


ビクン!と2人で身体が跳ねた!

そうだ!彼が居る事すっかり忘れてた!!!


「あのさ…盛り上がってる所悪いけど…鍋焦げそうだけど?いいの?」


ドア越しに話し掛けられた。

「あっ!!!そうだ!!」

「あ…」

由貴がオレを押し退けてベッドから飛び起きると寝室から慌てて出て行く。

「………」

オレはベッドに座り直して廊下に立つアイツを見つめる…

「タイミング悪かった?」

「わかってて聞くな。」

火ぐらい消せんだろ!高校生!



アイツは無言で肩だけつぼめるとリビングに向かって歩き出す…

何だか…おかしな事になって来た…

多分由貴は頑張り出したアイツを応援したいんだ…
臨時で…数日間でも…自分が係わってるから…

そんな気持ちも分からなくは無いけど……

「相手が男なのが問題なんだよ…由貴…」



あの鈍感な由貴だから…オレのそんな微妙な胸の内…わかってくれてないだろうな…


「 はあ… 」



残り7日間…

オレ…もつんだろうか?