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「由貴…オレと一緒に映画出て欲しいんだけど……」

休憩時間…突然惇哉さんがそんな事を言い出したから…


「………え?」

「だめ?」

「………」

「何だよ…?」

由貴がオレの目の前まで来て手を振る。

「寝ぼけてるのかなーって思って…」
「寝ぼけてなんかないって…どう?」
「もう…無理に決まってるでしょ!演技なんてやった事無いし…
って言うか出るつもりも無いし…」
「別に演技なんてしなくていいんだ…セリフも無いし…」
「どう言う事?」

「今回の映画のメインは事件と 「 石原 」 の過去だろ?
「 石原 」 がただ1人愛した女性を由貴にやって欲しいんだけど…」

「え?」

「やって欲しいって言っても回想シーンで2人で一緒にいるところを引きで撮るだけだから…
由貴の顔とかもわからない様にしてもらうし…」

「それって私でやる意味があるの?」

「あるよ…… 「 石原 」 が唯一心を開いた相手だから…オレにとっても最愛の相手…」

「最初からやるはずだった人は?」
「最初からそんな人いない…」
「え?」

「そんなシーン最初からないの…オレが監督に言って30秒時間もらった…」

「……え?」

「監督にはOK貰ったし監督も乗り気だし…お願い由貴…」
「ででで…でも……」

そんなの無理だから…断らなきゃ…

「だめ?」
「……うっ!」

惇哉さんがものすごい役者の顔で迫って来た!

「由貴……」
「だって……」
「由貴…」
「!!」

惇哉さんの伸ばした指先が私の顎を優しく持ち上げる…

「オレが一緒だし…オレがリードしてあげるから…」

「でも…」

「由貴………オレがお願いって言ってる……」

「……また…それを言うんだから……」

「言われる前に「うん」って言えばオレにこのセリフ言われなくてすむのに…
オレだってできればこのセリフ言いたくないんだからさ…」

ウソばっかりっっ!!
それに先に「うん」って言ったって結果は同じ事じゃない!!

「じゃあ監督にOKって言ってくる…」
「本当に演技もしなくて良くてセリフも無いのね!」
「ああ…」
「顔も映らないのね!」
「ああ…」
「約束よ!」
「わかった。」
「約束破ったら…」
「破ったら?」

「子供に最初に教える言葉 「 ママ 」 にするから!」

「え″っっ!?」

結構そんな事にこだわってたりするらしくて…
初めての言葉は絶対「パパ」だって張り切ってたから…

「約束は破らないよ。その権利は手放さないから!」

「いつ撮影するの?」

「由貴の気が変わらないうちにこの後。」

「ええ〜〜〜〜!?」

なぜか騙された気がするのは…気のせい??




「…………」

惇哉さんがニコニコずっと笑ってる…

「「 石原竜二 」 がそんなにニコニコしてちゃダメなんじゃない…」
「ちゃんと気持ち入れ替えるよ。」
「大体顔も映らないのになんでこんなバッチリメイク必要なの?」
「だからってさ…髪の毛後ろ1つの伊達メガネって訳にはいかないだろ?」
「そりゃそうだけど…」
「綺麗だよ…由貴…」
「……ありがとう…」
「素直になった…」
「惇哉さんが言った時だけだから…」
「ん?」

「他の人に言われても信じないけど惇哉さんに言われたら信じる…」

由貴がオレから顔を逸らしてそんな事を小さな声で言う…

「本当綺麗…由貴…」

「………」

照れてる由貴の肩を抱き寄せて頭に頬をスリスリした。

「もう…やめて…恥ずかしいでしょ…」

「由貴さん。」
「あ!監督…あの…本当にいいんですか?私なんて…」
「「 石原 」 の今とのギャップの一番のインパクトになると思うんだ…」
「はあ…」
「それにこれは俺からのプレゼントか?早いけど出産祝い。」
「え?」
「前は俺の映画でプロポーズ決まったからな…今回は子供なんて俺の映画も
そんな所に役立つとはね…何だか変な感じだ…」

「オレと由貴にとっては記念に残る映画だ…」

「じゃあカメラはココから撮るから2人はあの芝生の辺りで何でも良いから適当に話して。
何度も撮ると由貴さんの動きが演技になると困るから最初から本番で行くから。」

最初から…本番?

「オレと普通に話してれば良いんだよ…由貴…」

「う…うん…」

「時間は長めに撮るからそのつもりでな。」
「はい。いくぞ由貴。」
「はい……」

そう言うと惇哉さんは私と手を繋いで監督の指示した場所に歩き出した。

「大丈夫だから…由貴…」
「……うん…」


「いきま〜〜〜〜す!!」

拡声器で助監督さんの声が掛かる。
惇哉さんが片手を上げてOKのサインを出した。

「え?もう始まったの??」
「ああ…始まった。」

そう言いながら惇哉さんが私の手を握って芝生の上を歩き出す…

「うそ…やだ…本当に大丈夫かしら…」
「大丈夫だって……あんまりカメラの方見んなよ。」
「わかった…でも…急にどうして?今までこんな無茶な事しなかったのに…」

「どうしてだか由貴と一緒に仕事したくなった…」

「どうして?」

「さあ……ただ…少しずつだけど今までとは確実にオレ達も変わっていくだろ…
だから残しておきたかったのかな…オレと由貴の2人きりの時を…
もうちょっとしたら3人の生活になるし……2人きりの時間もあともう少しだ…」

「残念?」

「由貴と同じ。」

「え?」

「ワクワクしてるよ…これから先どんな生活が待ってるんだろうってさ…」

「惇哉さん…」

「子供だってたくさん欲しいしさ…」
「男の子と女の子1人ずつは欲しいな…同性もいいかも…私1人っ子だったから…」
「じゃあ2人ずつ4人だな。」
「え?」
「じゃあ頑張らないと!」
「何を?」
「子作りに決まってるだろ ♪ 」
「もう!露骨にそんな事言わないでよ!」
「大丈夫だよ音録ってないから…」
「クチでわかったらどうするのよ!!」
「どんな奴が見に来るんだよ…読唇術か?」
「あ…そう言えばこの私の役の女の人ってどうなるの?1作目では登場しなかったわよね?」

「………彼女は…死んじゃうんだ…通り魔に殺される…」

「え?」

「だから 「 石原 」 はおかしくなって…誰にも心を開かなくなって…
でも心の中にはずっと彼女がいる…本人ももうあんまり良くわかってないみたいだけどね…」

「そうなんだ…」

「でも 「 石原 」 の気持ちオレはわかる…」
「え?」

「オレだって由貴がいなくなったら…きっとその時オレも死ぬんだ…」

「惇哉さん…」

「心が死ぬって事だけどさ…」
「私は死なないわよ!」
「くすっ…わかってるよ…由貴長生きしそうだもんな…」
「何か失礼ね…」
「そうかな?」
「いいわ!やっぱり子供は4人は作りましょう。」
「え?何?どうしたの急に?」
「これから先どんな事が起きるかわからないじゃない。
万が一私が先に死んだら惇哉さんがそんな事思えない様に子供たくさん産んどく。」
「なんで?」
「そしたら…子供置いてなんて考えないでしょ?
それが4人もいたら一人前にするまで大変ですもん。
余計な事考えてるヒマは無いわよ!」
「………ぷっ!笑える…」
「惇哉さんの心配してあげてるんでしょ…」
「…ありがと…由貴…」
「男の人って変な事考えるのね……」

「でも由貴がいつまでもオレの傍にいてくれたら…そんなの余計な心配になる…」

「余計な心配になるわよ……」

「そうだな……」

「そうよ……って惇哉さん…これって一体いつまで………んっ…」

惇哉さんがいきなりキスをした…

触れるだけのキスだけど…すぐに離れないで…
下から押し上げるたり角度を変えたりして…そんなキスをずっとする…

でもこれって……皆に見られてて……撮影されてるんじゃ……

「……ぅ…ん…」

本当は惇哉さんを押し戻したかったけど…撮影のカットも掛かってないから
そんな事をしてもいいものなのかわからなくて…

じっと我慢してた…


「ハイ!カ〜〜〜〜トっ!!!OK〜〜〜!!!」

「だってさ ♪ お疲れ様由貴 ♪ 」

惇哉さんは何事も無かったかの様にニッコリと笑う…

「…………惇哉さ〜〜〜ん……」

「中々の演技でした ♪ 由貴 ♪ 」

「演技はしなくていいって言ってたでしょ!もう!!!皆の前で恥ずかしいじゃない!!」

「いいじゃん。夫婦なんだし ♪ 皆気にしてないよ。」

「うそっ!!そんな事無いわよっ!」



それからしばらくして映画の撮影は無事に終了した…


1作目では公開プロポーズ…2作目は妊娠…それに映画出演なんて…


問題のシーンは確かに引きの撮影で顔もちゃんとわからない様になってたけど

逆にそのシーンの女優は誰なのかって言うのが話題になちゃって…

結局何処からか…私だってバレてしまった!

だから公開プロポーズ同様に恥ずかしいったら…



これは子供に最初に教える言葉は 「 ママ 」 に決定っ!!!

と惇哉さんには内緒で密かに心に決めた……